【住宅提供打ち切り】「私だって声をあげたい。でも仕事や子どもが…」~迫る切り捨て、募る母親の葛藤 via 民の声新聞

「避難指示が出ていない」と冷遇され続ける「自主避難者」たち。国や福島県による住宅の無 償提供打ち切りを10カ月後に控え、怒りと不安を抱えながらも、日々の子育てや仕事のために抗議活動に参加できない葛藤に苦しんでいる。25日夜には住宅 の無償提供継続を求めるアピール行動がJR新宿駅西口で展開されたが、参加した避難者の向こう側には、声をあげられない多くの避難者がいる事に思いを馳せ たい。「私だって声をあげたい。でも…」。国の切り捨てと世間の無理解に抗い続ける母親たちの苦悩に迫った。

【仲間と共に闘えない心苦しさ】

 JR新宿駅前で避難者によるアピール行動が行われていた頃、福島県いわき市から母子避難中の河井かおりさんは、埼玉県内の自宅で複雑な想いを抱えていた。

 「新宿は…ちょっと遠いですね。子どもたちもいるし。でも本当は行きたい」

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同僚に頭を下げ、勤務先でパートのシフトを交換してもらった。娘は前夜、熱を出した。正しい事を語るとはいえ、発熱 した娘を置き去りにするわけにはいかない。頼れる人はいなかった。しかし、避難の正当性を語れるチャンスは逃したくない。迷いに迷った末、微熱の娘を抱え て永田町に向かう事にした。結果として娘の体調は悪化しなかったが、今でも当時の自分の判断が正しかったか分からないという。
「私たち母親にとって、仕事や子育ての合間を縫ってデモや集会に参加したり仲間の裁判を傍聴したりするのは、とても難しくて悩ましいです」
訴えたい。意思表示したい。仲間たちと同じ痛みを共有したい。一緒に闘いたい…。しかし、現実にはわが子の体調に左右される。会場が遠方だと往復の交通費が重い負担となる。

 「黙っていては駄目なんだ、原発事故による被害を無かった事にされたくないんだといつも思っています。だから、参 加できなかった集会などの話題を耳にするとつらいですよね。闘っていない。他力本願だなと」。東京や神奈川など仲間の裁判期日は、きまってパートの出勤日 と重なってしまう。その度に同僚に代わってもらうわけにもいかない。「心苦しいばかりです」。

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別の母親は、こう言う。「私たち当事者の声を広く届けたいですよ。当たり前じゃないですか。どこにでも行きます。話します。その代わり、子どもの食事を用意してくれますか?」

 やはり福島県中通りから避難して都内に暮らしているこの母親には、4人の子どもがいる。一番下の子どもはまだ、お むつが取れない。「特に母子避難の母親が自ら声をあげるのは難しいんです。それでも私は比較的、そういう場に参加出来ています。周囲の協力を得られたか ら。本当にありがたいです」。
避難者たちはこれまで、住宅の無償提供継続を求めて国の役人や福島県職員らと何度も直接交渉を行ってきた。だが、当事者たちは交渉のテーブルにつくのが 精一杯。その時点で既に、対等ではなくなっている。だから国や福島県は強気を貫ける。多面的な支援をしないと、避難者切り捨ては加速する一方だ。

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【顔や名前晒せない〝しがらみ〟も】

 JR新宿駅西口での抗議行動でマイクを握った熊本美彌子さん(福島県田村市から東京都内に避難中)は、仕事や子育てに忙しい母親らの良き理解者だ。

 「こういう事って、自分を晒して話さないと世間に理解していただけないでしょ。でもね、避難した人の中には、親類 に内緒で福島を離れた人もいます。仕事や子育てだけでなく、そういうしがらみもあるんですよ。人前に出るって大変なのよ。何も悪い事をしていないのにね。 70代の私は子育てに忙殺されることは無いですからね。こういう場に来たくても来られない人たちの話を良く聴いて、代弁出来れば良いなと思っています」
避難者たちは何も悪い事はしていない。自分の身体、わが子の命を守ろうとしているだけ。住宅の無償提供継続も、ぜいたくな要求ではない。原発事故さえ無 ければ、こうして福島を離れる必要は無かった。会社員やカップルであふれる駅頭で冷笑を浴びる事も無かった。「私だって好きで人前で話しているわけでは無 いんですよ」。通り過ぎる人々に「とりあえず立ち止まって私の話を聴いてください」と呼びかけた母親は苦笑した。先の河井さんもこう語る。

 「悪い事はしていないと自分に言い聞かせるためにも、堂々としていたい」

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