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US agrees to improve worker safety at polluted nuclear site via TDN.com

SEATTLE — The U.S. government will test and implement a new system to capture and destroy dangerous vapors released at the nation’s most polluted nuclear weapons production site as part of a settlement agreement reached Wednesday.

Washington Attorney General Bob Ferguson told reporters that the agreement represents a major win for hundreds of workers who have been getting sick for years while cleaning up the nation’s nuclear waste at the Hanford Nuclear Reservation in eastern Washington.

“Those workers deserve to be protected,” Ferguson said.

 

He added that the U.S. Department of Energy did not take the issue seriously and resisted putting protections in place.

“There’s no way to sugar coat this,” Ferguson said.

The Energy Department will for the first time test a new technology that Ferguson called “game-changing” that would protect workers from the vapor exposures.

Under the agreement, the agency will pay $925,000 in fees and costs to the state and Hanford Challenge, a watchdog group that has for decades been warning about worker safety. The agency will also install a new vapor monitoring and alarm system and maintain safety measures that are currently in place, including supplying air and respirators.

The Department of Energy said in an emailed statement that the agreement “acknowledges the extensive actions” that the agency, and its contractor, Washington River Protection Solutions LLC, have taken to protect workers from potential exposure to chemical vapors.

 

 

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福島第1原発事故:富岡で町民劇上演へ 全域避難家族描く via Niftyニュース

 東京電力福島第1原発事故で全域避難となり、昨春に大部分で避難指示が解除された福島県富岡町で、来年1月に町民劇「ホーム」が上演される。企画しているのは、震災の語り部活動などを行うNPO法人「富岡町3.11を語る会」。同会代表で元高校教諭の青木淑子さん(70)は「演劇は一人ではできず、見る人もいないと成り立たない。演劇を通じて町民同士のつながりを強めたい」と意気込んでいる。

劇の舞台は、今春、全域避難でばらばらになった家族8人が避難指示解除で帰郷を決めた祖母の引っ越しの手伝いに集まるところから始まる。家族それぞれの心にある古里とのつながりと、未来への思いを町民が演じて描き出す。脚本・演出を務めるのは、青木さんの教え子で福島県郡山市出身の演出家、野崎美子さん(56)。「一人一人が古里について考える作品にしたい」と話す。

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東日本大震災前、富岡町には約1万5000人が暮らしていた。今年8月1日現在、町に住む住民は738人にとどまる。

青木さんは長年、高校の演劇部を指導し、定年までの数年間は県立富岡高校で校長を務めた。震災当時は郡山市に住んでおり、震災後は同市に避難した富岡町社会福祉協議会で働き始めた。2013年から社協で町民を募って語り部活動を開始し、15年に「富岡町3・11を語る会」を設立。20~80代の語り部計21人が活動している。

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【サン・チャイルド】なぜ福島市民は設置継続を拒んだか。「危険な町だと誤解招く」via 民の声新聞

「今も続く苦しみ表すには軽い」~公開されぬアンケート結果を全入手

唐突に設置され、唐突に撤去された巨大モニュメント「サン・チャイルド」が浮き彫りにしたのは「市民の分断」ではなく、決して一言では語り尽くせない、原発事故から90カ月を経た現状に対する十人十色の多様な捉え方。そして市民感情を無視した木幡浩市長の〝独り相撲〟への怒り、税金の使途に対する疑問だった─。本紙は、福島市の情報公開制度を使ってアンケート用紙に書き込まれた直筆の意見を全て入手した。設置してしまった後に実施されたアンケート(無記名)。回答は110通に達したものの、福島市民に具体的中身が公開される事は無い。長くなるが、なるべく多くの意見を紹介したい。市民はなぜ、巨大モニュメントを拒んだのか。

【20代「議会で納得いく説明を」】

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「これまで普通に福島市内に居住してきた者の心情を害すると思われる。風評を増長し、さらなる誤解につながると思われる」(20代男性)
「市長や市議会は、(設置に関与した)一般財団法人への責任追及を強めるべき。百歩譲ってヤノベケンジ氏の作品を推すにしても、別の作品でも良かったのではないか」(20代男性)
「核実験時代のプルトニウムも自然界にある放射能もあるのに、その事実を知らない人が見た場合『ゼロ以外は危険』と思われてしまいます」(20代女性)
「設置に反対します。震災の記憶を思い出す事がつらい方がたくさんいます。アンケートを書きたくても来られない方もたくさんいます。ここ数日の市長の発言にはがっかりしています。市民は見ています。福島市の『こむこむ』にサン・チャイルドはふさわしくありません」(30代女性)
「なぜ市民の意見も聴かずにあんなものを設置したのか理解に苦しみます。防護服など震災後も必要としていなかったにもかかわらず、なぜそれを設置しなければいけないのですか?まして子どもの施設に?少しでも早くあの像をなくしてくれることを望みます。子どもが夢をはぐくむ施設なら、政治的なもの個人的な意見や主義主張が色濃く出るものを置くべきでは無いと思います」(30代女性)
「撤去する必要性は全く感じない。継続して設置して良いと思う。風評被害を呼ぶとか非科学的だとかいう意見もあるが、それは考えすぎだと思う」(30代男性)
[…]

【40代「今も被曝リスクと戦っている」】

「この7年半の間、放射線による被曝リスクに不安を持ちながら子育てしています。事故後は他県に母子避難をしていました。家庭の事情もあり福島に戻って来た今でも、不安と戦いながら生活をしています。市長には、この不安の大きさがどれだけつらいものか想像できないのでしょう。風化させないためとおっしゃっていますが、あの事故・震災を経験した私たち当事者が忘れることはありません。むしろ忘れているのは国、行政、東電ではないでしょうか。『この像が風評加害となる』との意見が多く聴かれますが、私はその意見とは異なります。今も続くこの心の苦しみを語るのに、この像はあまりにも軽すぎます」(40代女性)
「福島=放射能=防護服という表し方はどうかと思う」(40代女性)
「忘れたくても忘れられない現在の状況をつきつけられるようで、つらい。元気をもらっている人がいるのかと思うと、またつらい」(40代女性)
「福島を『フクシマ』として、自らの主義主張のためには福島県民、福島市民を風評被害の犠牲者でいて欲しい勢力の存在が見えてきます。そういう政治利用のために与するのは面白くありません」(40代男性)
「ヤノベさんの意図する想いを知らずに、見た目だけで反対している人が多いと思います。福島市に来て3年ですが、復興の象徴のモニュメントとしてふさわしいと思います」(40代女性)
「宇宙服か原発事故の服か分からないが、後者にしか見えない。福島県外の作者が馬鹿にしているように見える」(40代女性)
「『ふくしま未来研究会』の連中を許さない。民事訴追して罰してください」(40代男性)

[…]

【60代「ようやく平穏を取り戻せたのに…」】
「これ以上、市民対市長という対立を深めないためにも、やはりサン・チャイルドはお返しするのがいいと思います」(60代女性)
「ようやく平穏な日常を取り戻せた矢先に、誤解や新たな混乱を招くようなものを設置すべきではないと思います」(60代男性)
「こういう服装の子どもが福島市はもとより、福島県内にいたことはありません。1人も!」(60代女性)
「痛々しい感じがして良い気持ちではないです」(60代女性)
「アンケート用紙を各所に置いたら良い。このアンケート用紙をボードか何かに貼って公開したら良いと思う」(60代女性)
「防護服がなくては住めない町なのかと誤解されそうです」(60代女性)
「忘れかけた記憶を戻すことはないので、ここに設置することは反対です」(60代女性)
「非常に不快。県知事が海外に行って県産品のPRをしていることを否定しているようだ」(60代女性)

[…]

 

 

 

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Decision time for St. Louis’ radioactive waste via St. Louis Post-Dispatch

Kay Drey

A decision is expected to be announced any day by the U.S. Environmental Protection Agency about the radioactive waste at the West Lake Landfill site in St. Louis County.

West Lake is one of the last sites in the St. Louis region still contaminated with the radioactive waste generated during the processing in downtown St. Louis of uranium for atomic bombs decades ago.

[…]

In 1976, the Post-Dispatch revealed to the public, for the first time, that uranium waste and other related radioactive materials had been dumped at West Lake in 1973. It was only after the news stories appeared that the federal government admitted to the public that there was radioactive contamination at West Lake. The waste remains in a populated area upstream from the source of public drinking water for much of the St. Louis region and upwind from the air we breathe.

It is shameful that nothing has been done to remove the West Lake waste despite decades of news reports, letters and countless community hearings, including one in March at the District 9 Machinists Hall in Bridgeton that attracted 1,000 people.

This year the EPA issued its proposal — to remove only a portion of the radioactive materials from the landfill and the placement of a “cover” on top of the remaining waste.

It is irresponsible that the EPA has proposed to leave the toxic waste in the floodplain of the Missouri River. This river is the major source of drinking water for metropolitan St. Louis.

The radioactive materials at West Lake will continue to leach into the ground water. That water flows into the Missouri River that so many St. Louisans drink. Some of the radioactive materials will also escape into the air. This landfill is in an area subject to floods, tornadoes, fire and earthquakes.

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「事故がなければ、患者は死なずに済んだ」刑事裁判傍聴記:第二十六回公判(添田孝史)via 福島原発刑事訴訟支援団

添田孝文

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地震と津波だけなら助かった

証人は、福島第一原発から4.5キロの場所にある大熊町の双葉病院で、事故当時、副看護部長を務めていた鴨川一恵さん。同病院で1988年から働いていたベテランだ。避難の途上で亡くなった患者について、検察官役の弁護士が「地震と津波だけなら助かったか」という質問に「そうですね、病院が壊れて大変な状況でも、助けられた」と述べた。

[…]

継続的な点滴やたんの吸引が必要な寝たきり患者が多く、せいぜい1時間程度の移送にしか耐えられないと医師が診断していた人たちだ。本当は、救急車などで寝かせたまま運ぶことが望まれていた。

鴨川さんは、「バスの扉を開けた瞬間に異臭がして衝撃を受けた。座ったまま亡くなっている人もいた」と証言した。バスの中で3人が亡くなっていたが「今、息を引き取ったという顔ではなかった」。体育館に運ばれたあとも、11人が亡くなった。

高い線量、連絡や避難困難に

福島第一3号機が爆発した3月14日に、双葉病院で患者の搬送にあたっていた自衛官の調書も読み上げられた。「どんと突き上げる爆発、原発から白煙が上がっていた」「バスが一台も戻ってくる気配がないので、衛星電話を使わせてもらおうと、(双葉病院から約700m離れた)オフサイトセンターに向かいました。被曝するからと、オフサイトセンターに入れてもらうことが出来ませんでした」。

オフサイトセンター付近の放射線量は、高い時は1時間あたり1mSv、建物の中でも0.1mSvを超える状態で、放射性物質が建物に入るのを防ぐために、出入り口や窓がテープで目張りされていた。自衛官はオフサイトセンターに入ることが出来なかったため、持っていたノートをちぎって「患者90人、職員6人取り残されている」と書き、玄関ドアのガラスに貼り付けた。

病院からの患者の搬送作業の最中、線量計は鳴りっぱなしですぐに積算3mSvに達し、「もうだめだ、逃げろ」と自衛隊の活動が中断された様子や、県職員らが「このままでは死んじゃう」と県内の医療機関に電話をかけ続けても受け入れ先が確保できず、バスが県庁前で立ち往生した状況についても、供述が紹介された。

これまで、政府事故調の報告書などで、おおまかな事実関係は明らかにされていた。しかし、当事者たちの証言や供述で明らかになった詳細な内容は、驚きの連続だった。刑事裁判に役立つだけでなく、今後の原子力災害対応の教訓として、貴重な情報が多く含まれていたように思えた。

 

 

 

 

 

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ビキニ問題を日本から世界へ 写真集、教材の出版目指す via 朝日新聞

森岡みづほ

マーシャル諸島・ビキニ環礁などの周辺海域で米国の水爆実験に遭遇した高知県の元船員らの実情を世界に知ってもらおうと、支援者が写真集や教材の出版を予定している。いずれも英語などの外国語に翻訳する予定だ。

 

高知市の平和資料館「草の家」副館長の岡村啓佐さん(67)は、写真集を12月に出版する予定だ。タイトルは「NO NUKES(核はいらない)」。高知、静岡、神奈川、東京の4都県在住の元船員や遺族の自宅に足を運び、約50人の写真を撮った。

収録は約70点。しわくちゃになった元船員。元船員の遺影を持った遺族は、モノクロの写真の中でまっすぐにこちらを見つめる。写真とともに、元船員たちの体験談も載せる。

元船員が所属したマグロ漁船はビキニ環礁周辺で実験が行われた1954年当時、周辺海域を航行していたとされる。だが、国などの被災調査は同年内に打ち切られ、元船員は被曝(ひばく)の実情を知ることはできなかった。現在、「労災」にあたる船員保険の申請や、損害賠償を求めて国を訴えている。

(略)

昨年、岡村さんが編集委員長を務め、元船員たちの証言集「ビキニ核被災ノート」を出版した。だが、岡村さんは消化不良だった。ノートは日本語のみで書かれ、「実験したアメリカの国民にビキニ被曝について知ってもらいたい」と思った。証言集に収録できなかった遺族の写真を入れることも決めた。

写真集の自費出版を決め、高知大の教員や学生に協力してもらい、文書を日本語と英語で書いた。12月の出版を目指している。写真集は県内の小中学校に寄贈するという。

元船員を支援してきた太平洋核被災支援センター(宿毛市)はこれまで収集した元船員や遺族の証言をまとめたDVDと補助教材の作製に取りかかっている。センターは、国賠訴訟や船員保険の申請を支援してきた。

(略)

講演を聴いていたセンターの山下正寿事務局長は「世界の教育現場でビキニ事件について知ってもらえる教材をつくろう」と思いついた。DVDは英語、仏語、ロシア語などに翻訳する。国内の学校や図書館に配布するほか、核保有国に配布する予定だ。

岡村さんとセンターは、朝日新聞のクラウドファンディングサイト「A―port」(https://a-port.asahi.com/別ウインドウで開きます)で資金を募っている。岡村さんは今月20日まで一口3千円。センターは11月30日まで一口2千円。

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関電、廃炉燃料利用の許可取得 大飯原発 via 日本経済新聞

 関西電力は19日、廃炉を決めた大飯原子力発電所1、2号機(福井県おおい町)から再稼働済みの同3、4号機に再利用できる燃料を移して使用する許可を同日付で原子力規制委員会から得たと発表した。

大飯原発1~4号機の燃料は材質、寸法、燃焼度などが同じ仕様で設備の設計変更や改造工事は必要ない。

続きは関電、廃炉燃料利用の許可取得 大飯原発

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Anti-nuclear waste rally in Montpelier via WCAX3

MONTPELIER, Vt. (WCAX) An anti-nuclear waste campaign visited the capital city Tuesday night, delivering a replica radioactive waste cask.

The event was organized by the “Citizens Awareness Network” as part of multi stop tour throughout New England.

Activists say they are responding to a bill now in the U.S. Senate that would establish temporary mobile storage for high-level nuclear waste. The storage casks would travel from places like the Vermont Yankee Nuclear Power Plant and would be transported to southwestern states like Texas and New Mexico. The group’s goal is to leave the waste where it is, but better protected.

[…]

“In New Mexico we are concerned about not just our communities because of the storage, but the transport would impact everyone across the nation. Anywhere between a nuclear power plant and the waste site,” said Leona Morgan of the Nuclear Issues Study Group.

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Dairy farmer resumes operations 7 1/2 years after Fukushima disaster via The Mainichi

KATSURAO, Fukushima — A 42-year-old man resumed operations at his dairy farm on Sept. 13 with the arrival of eight cows at his barn, after an evacuation order for the 2011 nuclear crisis was lifted in most parts of the village here.

Tetsuji Sakuma, who is aiming to ship milk for public sale from the beginning of next year, restarted his business for the first time in 7 1/2 years after the Fukushima No. 1 Nuclear Power Plant disaster. He did not give up hope of resuming his work even after being forced to evacuate and losing all his cattle as a result. “I hope to restore my finances and to lead this area (to recovery),” said the farmer, taking one step toward the reconstruction of his hometown.

Sakuma unloaded the cows from a truck into his barn with the help of his 68-year-old father Shinji. Sakuma laughed bitterly as he suddenly felt old, realizing he had “lost strength after not doing such work for 7 1/2 years,” but flashed a smile as he watched the cattle graze.

[…]

Everyone in the village was advised to evacuate on the night of March 14, 2011. Sakuma let his wife and child evacuate to Gunma Prefecture while he took shelter in the city of Fukushima with his parents. Ten of his cows were found dead when he returned on May 18.

Some 25 of his young cows were sent to a ranch in Hokkaido in June that year and the rest were shipped off to be culled for their meat following inspections. “People can evacuate, but cows have nowhere to escape,” the distressed farmer thought as he apologized to the cows.

[…]

Sakuma never once thought of shutting down his dairy farm. “I don’t want to be perceived as someone who quit in exchange for compensation. If I stop farming, I would feel like I have lost to these circumstances,” he stated. Sakuma has to repay a 100 million yen loan he took out to resume operations at his dairy farm and to work to eliminate damage caused by harmful rumors, as well as face many other challenges. “This is the point of no return,” said Sakuma, as he rolled up his sleeves to start his difficult journey.

(Japanese original by Rikka Teramachi, Fukushima Bureau)

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福島事故後44人死亡 東電元幹部ら公判 双葉病院・元看護師証言 via 東京新聞

東京電力福島第一原発事故を巡り、津波対策を怠ったとして業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電の旧経営陣三被告の第二十六回公判が十八日、東京地裁(永渕健一裁判長)であった。双葉病院(福島県大熊町)に勤めていた元看護師の女性が証人として出廷し、「原発事故がなければ入院患者はもっと生きられた」と訴えた。 (池田悌一)

 双葉病院は福島第一原発から南西に約四・五キロに位置する。二〇一一年三月十一日の原発事故時、寝たきり状態の高齢患者ら三百三十八人が入院。隣接する系列の介護老人保健施設「ドーヴィル双葉」にも入所者が九十八人いた。

 起訴状によると、原発事故により双葉病院とドーヴィル双葉の患者らは長時間の搬送や避難を余儀なくされ、うち四十四人が移動中のバス車内や避難先で死亡したとされる。

 証言に立った元看護師は事故時、患者らの避難に付き添った。「患者らが亡くなったのは、避難によって十分な治療が受けられなかったからだ」と証言。震災が地震や津波だけにとどまり、原発事故が起きなかったケースについて「医療を続けられていたはずだ」と指摘した。

◆「もっと生きられたのに」

 「病院に戻れれば、医療品や薬品を使えた。原発が事故を起こさなければ、もっと治療はできたと思います」。公判で証言した双葉病院の元看護師の女性は、病院から避難するバス内で患者が何人も亡くなった衝撃的な様子を語った。静かな口調に悔しさをにじませた。

(略)

亡くなった避難患者を目の当たりにしたのは、十四日夜になってから。双葉病院とドーヴィル双葉の患者らを乗せた別のバスが、近隣の高校に到着した。バスの扉を開けると、まず強烈な汚物の臭いが鼻を突いた。次に目に入ったのは、顔面が蒼白(そうはく)になった患者。一目で「もう亡くなってる」と分かった。座席の下に倒れ込み、丸まって亡くなっている人もいた。女性の担当患者も亡くなった。

 高校に運び込まれた後、患者はさらに十一人亡くなった。高校には十分な医薬品はなく、遺体は体育館の隅に横たえられた。「全く何もしてもらえなかったんだな。亡くならざるを得なかったんだな」と胸が痛んだ。

 「患者らはなぜ亡くなったと思うか」と指定弁護士に問われ、女性は「治療ができなかったから亡くなったんですよね」と答えた。女性の証言を、東電元会長の勝俣恒久(78)ら三被告は厳しい顔つきでメモを取りながら聞いていた。 (蜘手美鶴)

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