「おなか張る」から、亡くなるまで4カ月…生身の人間を苦しめたトロトラスト 知識ゼロから始まった「日本初の薬害」の取材 via 信濃毎日新聞

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1930~40年代を中心に国内で使用された造影剤「トロトラスト」。放射性物質「二酸化トリウム」を主成分とし、注射されると体内にとどまって放射線を出し続け、多くの患者ががんを発症するなどして亡くなった。「そんな恐ろしい薬が使われていたのか」と驚くとともに、全く知らなかったことを恥じた。しかし、周りに知っている人はいない。知人の薬剤師に聞いても「知らない」と言う。

 ■国の支援や補償、全く足りていないのでは

 76(昭和51)年、旧陸海軍病院でトロトラストを注入された戦傷者に健康被害が多数発生していることが全国紙で報道され、国は77年度以降、傷痍(しょうい)軍人を対象に検査を実施。トロトラストが沈着していると判定された246人について恩給を増額するなどの支援をした。清沢さんは、沈着を判定するため国が設置した委員会の委員長だった。

 一方、国は78年の国会答弁で、トロトラストを注入された患者は「2万ないし3万人と言われている」との見方を示していた。「国の支援や補償は全く足りていないのではないか」と疑問が湧いた。

 委員会は2017年、把握する患者が全員死亡したとして解散。厚生労働省にトロトラストの使用実態や国内流通、ドイツの製造元からの輸入経路に関する資料がないか尋ねたが「存在しない」。委員会の議事録も「ない」とされた。被害が歴史から消されかけている―。そう感じた。

 ■見つけた資料

 専門家への取材を重ねると、長崎大原爆後障害医療研究所(長崎市)にトロトラスト患者の資料が保管されていることが分かり、昨年2月に訪ねた。資料保管室にあったのは、今も放射線を出し続けているという患者の臓器の標本や、患者に関する大量の紙の資料。その中に「都道府県別」と書かれたファイルがあった。長野県のページを開いた時に気付いた。「あれ? 女性が1人いる」。女性が傷痍軍人である可能性は低い。県内の13人が載ったリストには、国の支援を受けていないとみられる患者が他にも数人いた。

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■生身の人間を苦しめた被害の実態

 この遺族の父親は従軍中にトロトラストを注入されたとみられるが、国の補償は受けていなかった。「おなかが張る」と不調を訴えてから亡くなるまでわずか4カ月。肝臓の血管に腫瘍ができ、腹水がたまって苦しんだ。若い担当医に「俺はもう助からないから、死んだら解剖して役立てて、立派な医師になって」と声をかけていた―。遺族は「おやじのように苦しんだ人がいると知ってもらえれば、供養になります」と言った。それまでぼんやりとして見えづらかった被害を、「生身の人間を苦しめたもの」として実感できたような気がした。

 昨年10月、国の支援から漏れた患者が多数いた可能性があると報道。遺族の証言なども記事にした。一方、武見敬三厚労相は同月、国として被害を「新たに調査することは考えていない」との姿勢を示した。

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