東京電力福島第一原発の20キロ圏に入る福島県南相馬市小高(おだか)区。大半の地域で避難指示が解除されて12日で1年がたった。
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■事故が問うた本質
漁師の志賀勝明さん(68)は小高への帰還を断念した。海岸近くに建てたばかりの自宅は津波で浸水した。事故後、立ち入りを禁じられた間に荒れ果て、解体を余儀なくされた。
志賀さんは言う。「自分だけじゃなく、地域のすべての人の人生が変わった。生存権とか、基本的人権とか、憲法の本質的なものを考えさせられたよ」
小高出身の憲法学者、鈴木安蔵(やすぞう)が終戦直後にまとめた憲法草案要綱は「国民ハ健康ニシテ文化的水準ノ生活ヲ営ム権利ヲ有ス」と生存権を明記し、現憲法25条につながった。多くの市民の生活が暗転したなか、原点を再認識してほしいとの思いが、桜井勝延(かつのぶ)市長にはあった。
福島県では今も数万人が県内外で避難を続ける。長年のなりわいや家屋を失った人は数え切れず、居住、職業選択の自由(22条)、財産権(29条)の侵害は著しい。多くの子が故郷の学校に通えなくなり、教育を受ける権利(26条)も揺らいだ。
そして何より、事故は多くの人を「関連死」に追い込んだ。
「原発事故で、憲法に書いてある生活ができなくされた。これは憲法違反でしょう」。桜井市長は語気を強めて言う。
■よりどころは憲法
「原発は電気の生産という社会的に重要な機能を営むものではあるが、憲法上は人格権の中核部分より劣位」。14年5月、関西電力大飯原発(福井県)の周辺住民らが起こした訴訟で、福井地裁判決はこう述べ、再稼働の差し止めを命じた。
原発事故の避難者が国と東電に賠償を求めている集団訴訟で、関西原告団代表を務める森松明希子(あきこ)さん(43)は、憲法に立脚した判決に希望を感じた。
幼い2人の子の被曝(ひばく)を案じ、福島県郡山市から大阪へ避難した。だが地元は避難指示区域ではない。少数派である自主避難者への視線は福島の内でも外でも厳しく、行政の支援や東電からの賠償も乏しい。
「自分の選択は正しかったのか」。苦悩し、学生時代に学んだ憲法をいま一度ひもといた。
「恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」(前文)、「すべて国民は、個人として尊重される」(13条)。これこそが自分のよりどころだ、と思った。
避難するのもとどまるのも、個人の自由だ。どの選択をした人に対しても、憲法が保障する生活が実現できるような支援を。森松さんはそう訴える。
「ふつうの暮らし」を取り戻すため、憲法を盾にたたかっている人たちがいる。憲法施行70年の日本で、忘れてはならない重い現実といえよう。
■主権者が選ぶ針路
福島の事故より前、原発が憲法と関連づけて問題視されたことはなかったといっていい。
日本の原子力開発は、憲法施行8年後の1955年に制定された原子力基本法に基づいて進められてきた。同法は「人類社会の福祉と国民生活の水準向上」を目的とし、「平和利用」を明記している。
澤野義一・大阪経済法科大教授(憲法学)は「原発は当然のように合憲視され、学界でもほとんど論議されたことがなかった」と指摘する。
資源が乏しい日本で、大量の電力を供給できる原発が経済発展に貢献したのは確かだろう。
ただ、ひとたび事故が起きれば、無数の人権がただちに脅かされる。そのリスクは「安全神話」のもとで隠され、国民も十分に認識してこなかった。
多くの国民が被災者となった福島第一原発事故の後も、国や電力事業者は原発を推進する方針を変えようとしない。
全国の原発の周辺には、事故で避難を迫られる可能性がある30キロ圏だけで400万人以上が暮らす。憲法が目指す社会は守りうるのか。そんな観点から、この国の進む道を見直す必要はないだろうか。
中欧のオーストリアは78年、国民投票で原発の稼働が否決されたのをきっかけに、原発の建設を禁じる法律を制定した。86年の旧ソ連・チェルノブイリ原発事故を経て、「脱原発」を求める世論は強まり、99年に原発禁止が憲法に明記された。
日本の針路を選ぶ権利は、主権者である国民一人ひとりにある。この6年超の現実を見据え、議論を広げていきたい。
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