これだけの証拠が揃っていながら、なぜ東京地検は起訴しなかったのだろう――。
これが、初公判を傍聴して抱いた正直な印象だった。
6月30日午前10時、東京電力・福島第一原発事故の刑事責任を問う強制起訴裁判が始まった。業務上過失致死傷の罪に問われた東電の勝俣恒久・元会長(77)、武黒一郎・元フェロー(71)、武藤栄・元副社長(67)の旧経営陣3人は、揃って無罪を主張。だが、検察官役の指定弁護士が示した証拠は、その主張を真っ向から否定するものばかりだった。
津波対策を担当した東電社員のスケジュールが記録された「手帳」。その社員らが社内で津波対策をめぐってやり取りした「電子メール」の数々……。そして、日を追うごとに具体化していく「津波対策」の中身。だが、その対策が実行に移されることはなかった。
こうした証拠はすべて、福島原発告訴団をはじめとした刑事告訴・告発を受理して捜査をした、東京地検の検事らが集めていたものである。その中から、検察官役の指定弁護士が精査・抜粋した証拠が、この日の法廷で初めて明らかにされたのだ。
刑事告訴がなければ、そして東京地検の不起訴処分にも諦めず、検察審査会に異議を申し立て、2度の「強制起訴」議決を経なければ、これらの事実はきっと闇に埋もれたままだった。
検察側の言い分を鵜呑みにし、
「刑事裁判は、事故の真相解明をする場ではない」
「検察が起訴できなかったほどなのだから、強制起訴しようと有罪にできるわけがない」
「これまで強制起訴された裁判は大抵、無罪で終わっている」
などと、したり顔で語るジャーナリストや識者も多い。だが、そんな彼らは、この日、明らかにされた「電子メール」等の内容をどこまで知った上で語っているのか。
今回、明らかになった証拠をもとに、証人がこの法廷に次々と呼ばれることになるだろう。そして、そんな証人たちの口から、新事実が明かされる可能性も高い。
今後の裁判の行方が注目される。明石昇二郎(ルポライター、ルポルタージュ研究所代表)