「臭い物に蓋」をしては後で大問題に、チェルノブイリの経験生かせ
想定外の多さ
福島県の県民健康調査検討委員会のデータによると、「甲状腺がんまたはその疑い」の子供が183人。そのうち145人にがんの確定診断が下っている。
確定診断はないが、がんの疑いで手術や検査を待っている子が、さらに38人いると解釈できる。さらに3巡目の検診が行われている。
まだまだ増えるということだ。
これは異常な数なのか。甲状腺の専門医たちもおそらく想定外だったと思う。国立がんセンターによると、2010年の福島の小児甲状腺がんは2人と試算している。
1巡目の検査は、2011~2013年にかけて、2巡目は2014~2015年にかけて行われた。現在は3巡目。
数年で「正常」が「甲状腺がん」になるか
大事なポイントはここ。2巡目の検査で「甲状腺がんまたは疑い」とされた子供は68人の中に、1巡目の検査で「A判定」とされた子供62人が含まれているということだ。
62人のうち31人は、「A1」で結節やのう胞を全く認めなかった。全くの正常と言っていい。「A2」は、結節5.0㎜以下、甲状腺のう胞 20.0㎜以下のごく小さな良性のものである。
甲状腺がんの発育は一般的にはゆっくりである。これが1~3年くらいの短期間に、甲状腺がんになったことは、どうしても府に落ちない。
被曝ノイローゼと言われた時があった
チェルノブイリへ1991年から医師団を102回送って支援してきた。ベラルーシ共和国の小児甲状腺がんの患者数は、1987~89年では毎年1~2人だったのに、90年は17人、そして91年以降激増していくのである。
ベラルーシを中心に、ウクライナ、ロシアなどで6000人の甲状腺がんが発生した。
皆が「何かおかしい」と思い始めた当時、WHO(国際保健機関)は、「チェルノブイリ原発のメルトダウンの直接的な健康被害はない。多くは、被曝ノイローゼだ」と言っていた。
1990年代前半、ベラルーシの甲状腺がんの第一人者、ミンスク大学の故エフゲニー・デミチク教授が、放射線ヨウ素I-131が飛散し、それが子供の甲状腺がんを増やしているという論文を、国際的総合科学ジャーナル「NATURE」に発表した。
デミチク教授の息子ユーリーも、甲状腺外科医を目指していた。父親の教授から「息子を日本で勉強させてほしい」と頼まれた。
(略)
甲状腺外科学の第一人者のユーリーはどう思うかと聞いた。
「日本のスクリーニングは精度が高い。検診をしたために見つかった可能性が高い。スクリーニング効果の可能性がある」と言うのだ。
「ただし…」とユーリー・デミチクは言い出した。
「2巡目の検査で、がんが16人見つかっていることは気にかかる。今後さらに、がんやがんの疑いのある子供が増えてくれば、スクリーニング効果とは言い切れなくなる」
2巡目の検査で、ついに甲状腺がんが増加して44人となった。ユーリーが心配していたことが起きている。
ユーリーは「もう1つ忘れないでほしい」と言った。「ベラルーシ共和国では、放射線汚染の低いところでも甲状腺がんが見つかっている。福島県がI-131の汚染量が低いからと言って、安心しない方がいい」と言うのだ。
子供の甲状腺がんは転移が多い
もう1回確認をとった。「甲状腺がん検診で見つかったがんについて、日本では、見つけなくていいがんを見つけたという意見もあるが、どう思うか」と聞いた。
「子供の甲状腺がんは、リンパ節転移する確率が高いのが特徴。ベラルーシ共和国で手術せず様子を見た例と、手術をした例とでは、子供の寿命は格段に違った。手術すれば、ほとんどの場合、高齢者になるまで健康に生きることができる」
「見つけなくていいがんを見つけた、なんて言ってはいけない。見つけたがんは必ず手術した方がいい。数年経過を見たこともある。すると、次にする手術は大きな手術になった」
(略)
このユーリーの言葉と、重なる意見を言っている日本の専門家がいる。福島県立医大の教授、鈴木眞一氏。
県立医大で行った手術の72人の子供に、リンパ節転移があった。加えて、甲状腺外浸潤や遠隔転移を入れると、子供の甲状腺がんの92%が、浸潤や転移していたというのだ。
鈴木教授も、ユーリーと同じ考えだ。検診をやり、早期発見するようにし、見つけたらできるだけ手術をすること。これが大事な点だ。
「放射線の影響は考えにくい」と言い切れるか
北海道新聞によると、日本甲状腺外科学会 前理事長の清水和夫氏は、1巡目の検査で、せいぜい数mmのしこりしかなかった子供に、2年後に3cmを超すようながんが見つかっていることを挙げ、「放射線の影響とは考えにくいとは言い切れない」と言っている。
これもユーリー・デミチクと同じ考えである。彼は、甲状腺検査評価部会長を辞任した。こういう「空気」に負けない科学者がいることは心強い。
(略)
きちんとしたデータも取らずに、福島県の県民健康調査検討委員会は「放射線の影響は考えにくい」と総括している。
チェルノブイリ原発事故と比べると、I-131の放出量が少なかった。チェルノブイリでは、小さな子供たちにがんがみつかったが、福島県では小さな子供にがんが多くはない。これが理由だ。
検診を縮小しないで
そんな状況の中で、検診を縮小しようとか、希望者だけにしようという動きも、昨年秋に見られた。これはとてもまずい。できるだけ検診をしっかり続け、早期発見・早期治療をし、子供たちの命を救うことが大切だ。
原発事故と関係があったかどうかは、チェルノブイリでも事故から7~8年かけて因果関係が証明されていったことを考えると、臭いものに蓋をするようなことはよくないと思う。
(略)
「がん」になった子供の心を支えよう
因果関係が明白になるまで、できるだけ長く検診を続け、見つかった子供の治療に最善を尽くし、長く医療費の保証をしてあげることが大事だ。同時に、子供たちの心を支えていくこと。原発を国策として進めてきた責任があるように思う。
甲状腺がん家族の会ができていると聞いた。要望があれば応援をしてあげたいと思っている。
甲状腺がん家族の会については、当サイト既出関連記事参照: