福島県は「地域の除染やインフラの復興が進んでいること」などを理由に、福島市や郡山市、いわき市など避難指示区域以外からのいわゆる「自主避難 者」(区域外避難者)に対する仮設住宅や無償での公営住宅の提供を来年3月末で終了する方針だ。これに伴い、約1万2600世帯(約3万人)が、今まで住 んでいた避難先の住宅からの立ち退きや家賃の負担を迫られる。
「放射能で汚染された自宅には戻れない」
自主避難者の中には放射線被ばくから身を守るために着の身着のままで避難してきた母子だけの世帯も多く、住宅支援の打ち切りが生活の困窮や子どもの就学環境の激変を招くことに危機感を強めている。
大学の非常勤教員・鴨下祐也さん(47歳)は、放射線による被ばくを避けるために、福島県いわき市に自宅を残したまま、現在は築年数が経過した都内の旧公務員住宅で妻および2人の子どもと避難生活を送っている。
鴨下さんは、「放射能で汚染されたままの自宅に帰るという選択肢はない。支援を打ち切られても今の住宅に住み続ける以外に手だてはない」と言い切る。
熊本美彌子さん(73歳)は、田舎暮らしにあこがれて移り住んだ福島県田村市の自宅を後にして東京に逃れてきた。現在は都内の「みなし仮設住宅」(民間賃貸住宅)での一人暮らし。「現在も放射線量が高い。有機農業もできないところには、戻りたくても戻れない」と語る。
福島県は今年1月、住宅無償支援の打ち切り対象となる約1万2600世帯のうち、借り上げ住宅で暮らす9944世帯を対象にした「住まいに関する意 向調査」を実施した。同調査の中間とりまとめ(3月25日現在)によれば、回答した6091世帯(回収率61.3%)のうち、約7割に当たる4285世帯 が、「17年4月以降の住宅が決まっていない」と答えている。中でも福島県外に避難している世帯では、回答した3186世帯のうち2501世帯 (78.5%)が「決まっていない」にマルを付けた。
福島県では生活再建に向けた新たな施策として、民間賃貸住宅家賃の一部補助などを打ち出しているが、金額も所得に応じて1カ月当たり最大3万円、2年目で最大2万円と少ないうえ2年で終了することもあり、「支援策とは到底呼べない内容だ」と前出の鴨下さんは指摘する。
(略)
「今すぐ自宅に戻って暮らすことはできない」
前出の松本さんの場合は、「二女の鼻血や下痢が続いたことが避難を決意した直接の理由。もしそれがなかったら、郡山の自宅にとどまっていたと思う」と話す。
渡辺加代さん(40歳)は、数年後に取り壊しが予定されている山形県米沢市内の雇用促進住宅で3人の子どもと避難生活を続けている。避難元の福島市 の自宅周辺では、事故直後に市民グループに測ってもらったところ、毎時1~2マイクロシーベルトの高い空間線量が計測された。自宅内でも、事故前の10倍 にも相当する毎時0.5マイクロシーベルトもあったという。「子どもが鼻血を出し、私もかゆみがひどくなり、このまま住み続けることはできないと決意し た」(渡辺さん)。
現在も自宅の庭には除染した土が埋まっており、除染後も元の地区の中学校の敷地からは高い数値の放射性物質が検出されたという。そうしたこともあり、「今すぐ自宅に戻って暮らすことはできない」と渡辺さんは考えている。
(略)
自宅が地震被害で住めなくなった森松さんは原発事故直後、夫が勤務する病院内で当時3歳の長男、5カ月の長女と避難生活をした。そのとき、テレビを通じて東京の金町浄水場の水道水から放射性ヨウ素が検出されたとのニュースを知り、衝撃を受けた。
「当時、放射性物質が含まれているとは知らずに、原発からはるかに近い郡山で水道水を飲んでいたし、娘には母乳を飲ませていた。避難するまで2カ月にわたって被ばくを強いられていた」と森松さんは語る。
脅かされる「避難の権利」
「なぜ福島に戻らないのか理解できない」「過剰反応ではないか」――。多くの自主避難者は二重生活の過酷さのみならず、心ない差別や偏見にもさらされている。「自主避難者は風評被害を助長する存在だ」と罵倒する者もいる。
だが、「被ばくは人権問題であり、人の命や健康にかかわるもの」と森松さんは確信している。そして、夫および2人の子どもとともに、国および東京電力を相手に損害賠償請求訴訟を提起したのも、命や健康という基本的人権を守るためだ。
放射線被ばくから身を守る「避難の権利」は、日本国憲法に記された「すべての国民が恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存することを保障された基本 的人権である」と、森松さんは「『脱被ばく』を考える」と題した「『子ども脱被ばく裁判』の会」会報への寄稿文で記している。そして、避難の権利は、原発 事故後に与野党全議員の賛成によって成立した「子ども・被災者支援法」でも明記されている。
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