(抜粋)
この5年間、政治は無策だった。無策の犠牲を代表するのが、南相馬市に隣接する浪江町だ。
全町民が避難生活を強いられたこの町では、馬場有町長が代理人となって原発ADR(原子力損害賠償紛争解決センター)に訴えた。しかし東京電力は、この訴えを無視し続けた。その様子を筆者は当サイト(2014年9月11日「始まった『福島一揆』――東日本大震災から3年半」)に詳しく紹介したが、それからさらに、1年半の月日が流れた。申し立てに加わった町民1万5313人のうち440人がその間にこの世を去った。
ここまで来ると、東電のかたくなな姿勢の背後には、おそらくそれを指示しているであろう国の「悪意」が感じ取れる。浪江町民の全員を見殺しにしようという殺意と言っても過言ではない。
「東 北人は負け方を知っている」と、東北地方の民俗学を専門とする赤坂憲雄学習院大学教授は言う。東北の歴史は負け続ける歴史だった。だが、今、浪江町で繰り 広げられているのは、究極の敗北である。そして勝負の勝者が東電以上に国であるところに、この原発事故の歴史的意味がある。
「見せしめ」としてさらし者に
事故から1年後の2012年3月、筆者はやはり当サイトで、福島に関する国の無策を「棄民」と批判した(2012年3月11日「福島が消える――歴史に刻まれる現代の『棄民』」)。それから4年。「無策」は「悪意」に転じた。何が変わったのか。
当初の「無策」の犠牲者は福島県民全員だった。避難した住民全員の「帰還」が政策目標に掲げられたが、それはどちらかといえば具体策のない精神的な努力目標に近いものだった。
しかし、昨年から国の姿勢ははっきり変わった。とりわけ自主避難者には、期限を切って補償を限定する方針に転換したのである。帰還しなければ補償を打ち切る――対象者を絞り込んだ棄民だ。それは、換言すれば棄民の対象の「選別」である。
国の政策を受け入れなければどんな前途がまっているか。国はもはや、国民を棄てて見殺しにすることもいとわない。あからさまな脅しである。浪江の町民は今、その「見せしめ」としてさらし者になっているようにも見える。
(略)
国による選別
今年2月に公開された『大地を受け継ぐ』は一風変わったドキュメンタリー映画だ。主 人公は福島・須賀川市の農民、樽川和也さん。ドキュメンタリーといっても、ほとんどが樽川さんの独白である。この映画の鋭さは、樽川さんの言葉を通して原 発問題のタブーに触れているところだ。
放射能汚染を苦に自殺した父親の後を継いだ樽川さんは、自分の作る農作物を自分では食べられないと告 白する。もちろん出荷する産物は放射線量の基準を厳しく守っているのだが、「それでも食べる気にならない」。放射能をこわがる消費者の気持ちがよく分かる と苦しそうに話す。「これは風評問題ではなく現実なんだ」。
これまで、消費者が放射能をこわがる気持ちを率直に言えば、それは福島の農家へ の差別を助長するとして、逆に非難の的になることもあった。樽川さんの言葉は、父を失った農民だからこそ言えることだ。しかし、だからといって、その点を 曖昧にし続ければ、福島の野菜が安値でしか売れない理由はわからない。結局、曖昧になるのは東電の責任であり、政府の責任であることを映画は訴える。
問題の核心はここにある。責任が曖昧になれば、東電は救われるが、被害者は救われない。国による選別の向かう先は加害者ではなく被害者だけ。国に幻想を持ってはならないと樽川さんは言っているようだ。
(略)
4月に避難指示が解除され、旅館が営業を始めても、ちゃんとした事業だから家賃を払っても成立させる。「そこは主婦の強み。家内工業の形で人件費の安い労働力を確保するから、大丈夫」と、グループの中心となる、同旅館の若女将、小林友子さん(63)は言う。
事業を始める動機は「とにかく何かやらなきゃ」。震災と原発に襲いかかられて、周囲がみんな落ち込んでいるのに、「私たちまで落ち込んでいたら救いがない」。やれば必ずできるという「超楽観主義」だ。
国や市に期待しても何も出て来ないから自分でやる。「女はうだうだ考える前にまず動く。できることからまずやっていくのよ。失敗してももともとじゃない」
他に養蚕を手がけて絹製品を開発する計画もある。「本当の事業として完成するまでに5年か10年かかるかもしれないけど、それまでの時間を笑って過ごそうよ、ということなの」
放射能の線量管理も「自分たちの目で安全を確認する。自分の目で事業が成立することを証明する。それができずにどうするのよ」
今風に言えば、「闘う女集団」の誕生だ。しかし、それを可能にした地域社会の背景を小林さんの口から聞いたとき、筆者は心底感心した。
そ れは、一言で言えば地域社会の権力交替である。震災、原発事故が彼女たちの家庭にもたらした最大の変化は、老人たちが元気を失ったことなのだという。老人 たちはふさぎ込むことが多くなり、目に見えて気力が衰えていった。自分たちが平和に暮らしてきた世界が一変したことに強い衝撃を受けたのだ。
「それはたしかに気の毒なのだけど、私たち嫁の立場の女にとっては、暮らしの中で重しがとれたのよ。私たちは今、自由になったの」
こんなあけすけな表現自体が、彼女たちの今の自由を証明しているともいえよう。震災と原発事故が彼女たちにもたらした初めての自由。
地域共同体の崩壊の否定的な面ばかりに目を奪われてきた筆者に、それは新鮮な驚きだった。
(略)
「女の革命」の行方は……
今、家庭や地域社会の束縛から解き放たれた彼女たちは、底抜けに明るい。明るさは力である。その力は、あるいは原町地区、南相馬市、そして日本という国を変えていくのではないかとさえ思わせる。
「そのうち、男が役に立つ場面もくるでしょ。そうなれば男たちもついてくるわよ」
「原発事故で死んだ人間はいない」とほざいた愚かな与党の女性政調会長や、下着泥棒の”前科”を噂される女性蔑視の代表者のような復興大臣が彼女たちの視線をさらに鋭くする。
地域社会、そして日本の復興を考えるとき、この事実は重要だ。必要なのは行政の計画や政治の段取りなどではない。これまで地域住民や国民を縛ってきた「重し」、国が自ら押しつけてきたしがらみや束縛を取り除けばいいのだ。
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