(抜粋)
終息とはほど遠い福島原発の現状、進まない除染、未だ避難生活を続ける多くの人々、相次ぐ汚染水漏れ事故……。最近の世論調査でも「道筋が見えていない」が7割にものぼる復興の現状――。なかでも切実なのが子どもた ちの被ばくだ。2月には事故後に甲状腺がんと診断された福島県の子どもたちが167人にのぼるという驚愕の発表がなされたが、親にとって子どもの被ばくは 事故直後から現在まで最も切実なもののひとつだろう。事故直後から多くの親が幼い子どもたちを連れて“自主的”に“被爆地”から避難したが、それはただ生 活の場が変わるというだけでなく、人間関係、経済、教育、そして家族そのものを崩壊させるものだった。
この問題を長期に渡り取材した『ルポ 母子避難――消されゆく原発事故被害者』(吉田千亜/岩波新書)では、避難指示を受けていない地域から自主避難した多くの家族の“分断”や“苦悩“が描かれている。
(略)
「親戚宅に集まっていた家族が当時抱いていたのは、「みんな一緒に居なくてはならない」という思いだった。一方で尾川さんは「何かがおかしい」「一秒でもはやく遠くへ行きたい」という焦りが募っていったが、夫と娘を連れて親戚宅を出られる雰囲気ではなかった」
そして12日午後3時36分、一号機が爆発した。
「尾川さんは、何度も「逃げたい!」と叫びそうになるのを抑えた。しかしテレビの爆発映像を観ている家族に危機感はなく、政府からの避難指示もなかった」
事故直後から人々の危機感に差が生じていたことが分かる。報道を信じる高齢者の義父母、一方でネットでも情報を収拾し母親として危機感を募らせていく尾川さん。しかも「嫁」という立場で自分たちだけ逃げられないという葛藤があった。
(略)
「避難指示がない避難は『自主的』なもので、自己責任である」
こうした風潮が世間だけでなく政府、行政に蔓延していたからだ。それは自主避難者の生活を直撃する。避難にかかる費用は自己負担で自主避難者には継続的賠償は一度もない。また当初は無償の借上住宅に自主避難者が拒否されることも各地で起こった。
「(自主避難者の住んでいた地域は)避難指示区域ではないから」と、「原発避難者」だと誰からも認めてもらえない。そんな状況のなか、自主避難者たちは我慢するしかなかった。しかも避難が一時的なものなら少しはマシだったかもしれない。それが長期化するにつれ様々な問題が生じていく。
原発事故で失いたくない仕事を捨て、新築したばかりの家を出る。その後運良く避難先に落ち着いたとしても、貯金を切り崩す生活。子どもの幼稚園や学校、 進学の問題もあり安定とはほど遠い。しかし自宅周辺の放射線量は通常の10倍から場所によっては130倍以上あり子どもたちを戻すわけにはいかない。そん な生活を余儀なくされるだけでなく夫だけが仕事のためなどの事情で福島に単身戻ったり残るケースも多かった。そんな二重生活を強いられ、夫婦関係が破綻す るケースも続出した。そんなひとりがいわき市で夫と2人の子どもと暮らしていた河井加緒子さん(当時29歳)だ。
(略)
ほかにも、母子だけの避難生活で夫が自宅に別の女性を引き入れたり、慣れない環境で母子ともに体調を崩すケースもあり、母子での自主避難者は追い詰められていく。
「「子どもを被ばくから守るためだから、この苦労はお互いさまで、当然だ」と考える夫もいる。だが、そういった考えもしだいに「避難するほどではな いのではないか」という思いに変化し、それによって妻や子どもをサポートする気持ちがだんだん希薄になることもある。最終的には妻と子どもの母子避難に対 し、否定的な気持ちを持つようになる。そして、それが原因で気持ちがすれ違い、離婚に至ったケースも少なくない」
だがこれはあくまで原発事故が起こったがゆえの家族の 崩壊であり、決して個人の問題だけで済まされるはずのものではない。しかし東電や政府は賠償や支援策を引き延ばし、周知も徹底せず、その結果東電が支払っ た自主避難者への賠償は夫婦と子ども2人の家族の場合、たった160万円程度のものだった。これは仕事や家を追われ、避難生活をするための必要経費にさえ 足りない小額といっていい。
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