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原発事故5年は節目ではない。まだまだ続いている現在進行形の事故である。via Weltgeist Fukushima

(抜粋)

さて、飯舘村が原発事故によって汚染されてから5年。放射性物質を低減させる為に行われている国の除染は、除染の低減率も低く、まだまだ住民が生活 する上で安全には程遠いような数値である。それでも行政と政府の動きは「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」の避難指示を一方的に2017年3月まで 解除する方針を示した。この方針は村民に周知する前にメディア先行で地方版の新聞1面に掲載された。いつも住民に話が来る頃にはもう決定した事柄を粛々と 説明するだけの「懇談会・説明会」が行われている。本来の「懇談会・説明会」という言葉の意味とはかけ離れている事が平気で行われている。なぜ、「まで い」(飯舘村の方言で「丁寧に」「心を込めて」の意味)という村のスローガンを掲げ、自主自立の村民重視でやってきた飯舘村が、国の圧力に屈し、住民を置 き去りにするような事態となってしまったのか。このままではいけないという村民も少なくはない。一昨年のADR申立ての動きも一つの意思表示であった。

5年という月日は問題解決されず、誰も責任を追及されることなく、日々問題が山積していく。そして、人々は疲弊していく。本来ならば、「人々の復 興」を重視するはずが、大手ゼネコンによる除染事業とハコモノばかりを建てることに重視し、当事者の思いとはかけ離れていく。仮設住宅や借り上げ住宅に住 む年配者の体力はどんどん奪われ、日増しにストレスが積み重なり病気になっていく。住めば都というが、あの広大な自然の環境の下で暮らしてきた飯舘村の住 民にとって仮設住宅の気狭さは何年たっても慣れるものではない。そんな避難者に対し、差別や偏見が県内でも多く目立つようになってきた。心ない声に幾度も 悔しい思いをしている当事者も少なくない。なぜ、いつも弱者に冷たい言葉をぶつけるのだろうか。避難者だって好きでその土地に来たわけではない。悪いのは 東電や国なのに、いつも「一部」が「すべて」になり、言われなき差別や偏見を受ける。それぞれに不満があるのは重々承知している、しかし、ただ避難者を言 葉の暴力で責めることは「社会のいじめ」だと思う。正々堂々と自分の不満は国や行政に陳情、要望書を提出するとか、法的に自分の不満を解決することをして 欲しい。言われた人はどんなに傷ついている事だろう。毎日楽しみにしていた散歩を奪われたり、また、誰かに何か言われるんじゃないかとビクビクしてしまっ たりと精神的にどんどん追い詰められていく。そうした相手を思いやる心を忘れてはいけないと思う。こうしたことを書くこともまた勇気がいる。これが「全 て」になってしまわないか迷ったが、現実問題としてその差別や偏見に苦しんでいる人がいることもまた現実だ。

全文は原発事故5年は節目ではない。まだまだ続いている現在進行形の事故である。

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