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曲がり角の原発大国3 事故の影響大きいvia 朝日新聞

サンディエゴ市の北約80キロにはサンオノフレ原発がある。1号機は1992年に閉鎖。83年と84年に運転を始めた2、3号機は2012年、取りつけたばかりの三菱重工業製の蒸気発生器に不具合が起き、相次いで運転が止まった。

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 事業者の南カリフォルニア・エジソン社は再稼働を模索したが、地元の反対は強かった。                    

 昨年4月、州最大のロサンゼルス市議会は再稼働の判断を急がぬよう、米原子力規制委員会(NRC)に求める議決をした。地元のサンクレメンテ市のロリ・ドンチャク市長(当時)も、NRCに丁寧な安全審査を求めた。ドンチャク氏は「どんなエネルギーも利点、欠点はある。その上で、原発はここには必要ないと考えた」と振り返る。

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 昨年6月、サンディエゴ市で「福島からの教訓」をテーマにシンポジウムが開かれた。登壇者の中に福島の事故当時にNRC委員長だったグレゴリー・ヤツコ氏と日本の首相だった菅直人氏がいた。2人は同じことを口にした。「原発は事故が起こった時の影響が大きすぎる」

 シンポを企画したのは、地元の建築家トーガン・ジョンソン氏だ。カリフォルニア州は多くの断層を抱え、米国内でも地震が起きやすい地域の一つだ。福島の事故当時、妻が3人目の子を妊娠していた。9千キロも離れた国から放射能がたどり着いたことに衝撃を受けた。「サンオノフレで福島のような事故が起きないと誰が責任を持って言えますか? 親として、子どもをより安全な環境で育てたいと願うだけです」

 シンポの3日後、エジソン社はサンオノフレ原発の閉鎖を発表した。不具合による運転停止から1年5カ月。NRCの審査が長引き、「先が見通せず、電気の利用者や投資家によくない」と同社は説明した。

 ジョンソン氏は「破壊的な事故の代償を払うほどの電気が必要なのか、私たちは福島の事故で考えた。人々の思いがNRCやエジソン社にプレッシャーをかけたのです」と話した。(山田理恵)

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