ベトナム原発計画中止で無視される「民意」 史上最悪の海洋汚染事件と重なる「構図」 via 東洋経済online

(抜粋)

「原発は安全だと聞いていたから、なにも心配はしていませんでした。(移転予定の)新しい土地は水が出るし。先祖の墓を移す必要がなくなったのはよかったけどね」

日本で起きた震災と事故から、村には原発を不安視する声もあった。ただし、グォーさん聞くとそれはごく一部で、期待していた賠償金を手にできずに「残念がる人が多い」と笑う。この村では原発の“安全神話”は健在なのである。

原発計画自体についても、村民には中止ではなく、一時的な停止と伝えられたそうだ。理由は資金難とだけされ、将来の建設再開に含みを残した説明だった。

「国家の発展のためには原発は必要だと思います。前のグエン・タン・ズン首相のままなら原発はできていた。前と今の指導者で、考え方の違いがあるのでしょう」

グォーさんはなにも水を向けていないのに、「国家」と「指導者」いう予期せぬ言葉を持ち出して話を終わらせる。原発計画は始まりも終わりも、結局は民意の及ばない別の場所で決定が下されていた。

(略)

「環境」は新しいビジネス

原発中止の理由で、一部でささやかれた外資企業フォルモサ社が昨年起こした「ベトナム史上最悪の公害」との関連についても小高さんは言及する。

「対外的に相当なリスクがあっても原発を中止にした。少なくともフォルモサとか、環境問題とはあまり関係ないでしょうね」

ただ、近年ベトナムでは、開発計画の中に「環境に配慮した」という言葉をよく目にする。火力発電なら「環境に配慮した石炭」、水産養殖なら「環境に配慮したエビ池」などなど。現地で長年活動を続ける環境NGOの関係者に聞くと、

「最近は環境問題絡みは国際機関から予算が出やすい。国と役人たちにとって、『環境』は儲かる新しいビジネス」

と返ってきた。

(略)

昨年の「ベトナム史上最悪の公害」にも、政府とフォルモサ社の間ですでに5億ドルの賠償金を含んだ示談が成立している。この金額は一企業に課す罰金としてはベトナムでは最高額らしい。ベトナム政府は2014年に新環境保護法を制定するなど、「環境」を考慮した法令整備と罰則強化を進めている。被害規模もさることながら、「環境」絡みの企業責任にはいまや高値がつく。そして、原発中止の理由にも「環境に配慮した」は使われていた。

(略)

そもそも市民の一連の抗議活動に火をつけたのは、発覚してすぐのフォルモサ社側責任者による

「魚やエビか、それとも製鉄所か。ベトナムはどちらかを選ばなければならない」

との発言だった。当然市民は「魚を選ぶ」と反発。製鉄所=経済発展ではなく、魚=自然環境を守るべきとネットを中心に反フォルモサ運動は拡大した。

ドンイェン村では15歳以上の住民すべてが、フォルモサ社の賠償責任を問う訴訟に参加している。そこでは国とフォルモサ社の“手打ち”にはない「工場の操業停止」と「海を美しい状態に戻せ」との項目が入っている。

しかし、現状では国はこれらに耳を傾けることなく、ドンイェン村の漁民の一部にはいまだ賠償金が支払われない者も多い。それどころか住民は強制立ち退きが迫られ、広がる廃墟のような風景。その隣ではすでにフォルモサ社の製鉄所は試運転を開始し、6月に操業が始まったと伝えられる。

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