福島県南相馬市:社会的サポートの途絶による野外生活が内部被ばくを引き起こしたvia医療ガバナンス学会メールマガジン


南相馬市立総合病院・地域医療研究センター
澤野豊明

2019年12月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
私は外科の診療に従事しながら、福島県浜通り地区で原発事故の健康や社会について研究をしている医師です。先日、2017年8月に経験した症例を英文医学雑誌で発表しました。

それは、原発事故から6年以上経過しているにも関わらず、2013年以来3番目に高い放射能による内部汚染が確認された70代の男性の症例でした。なぜ彼は比較的高度な内部汚染を被ってしまったのか。これを詳しく知ることは、どのような方が内部汚染を被りやすいのかを解明することに役立つかもしれないと考え、論文としてまとめるに至りました。今回は、今までにわかっている内部被ばくのこと、この症例から新たに示唆されたことを解説したいと思います。

2017年8月のある日、「市内の山間部で70代の男性を保護したので診察してほしい」と警察から連絡がありました。搬送されて来た男性は、南相馬市の山間部の帰還困難区域で2か月程度ホームレス生活を送り、衰弱した状態でした。脱水症と栄養失調の診断となり、彼は点滴治療を受けるため入院しました。

彼は元々、東日本大震災の津波で自宅を失うまで、南相馬市の沿岸部に居住していたそうです。震災前から精神疾患を患っていたそうですが、記録はなく詳細は不明でした。福島第一原発事故の後、南相馬市から福島市へ避難し、そこで提供された無料の賃貸住宅に住んでいました。しかし、帰宅困難区域外の住民に対しては2017年7月に無料の住宅支援が終了してしまい、それと同時に住む場所を失ってしまいました。

生活保護などの社会的支援も支援サービス間の連携不足もあり使用できず、新しい家を借りるために十分な資金を準備できず、彼は突然ホームレス生活を強いられることになりました。福島市内の住居から立ち退き、彼は南相馬市の横川ダム近くの山間部の洞窟で生活を始めました。彼の生活していた場所は、帰還困難区域に指定されていた場所でした。食料を買う十分なお金もなく、小川の水を飲み、自生しているキノコ、山菜、川魚などを食べて2ヶ月間生き延びたそうです。

入院時に行われた検査では、脱水症、栄養失調と診断されました。外部被ばく線量は測定されませんでしたが、当然、急性放射線障害の兆候はありませんでした。一方で、ホールボディーカウンター(内部放射線汚染の測定装置)によって計測された放射性セシウム(Cs-134およびCs-137)の内部汚染は、それぞれ538 Bq / bodyと4,993 Bq / bodyでした。それらから計算された内部被ばくによる実効線量は0.20 mSv /年と推定されました。

彼は入院中に生活保護の手続きを行い、身体状態が改善を確認された上、入院9日目に新たに契約した自宅に退院となりました。それ以降は生活保護のサポートに加え、定期的に市の職員が訪問を行なっています。

この報告は2011年の福島第一原発事故後、被災者への無料住宅支援が打ち切られ、社会的支援の連携不足もあり、ホームレス生活に陥った男性が、比較的高度な放射能による内部汚染を被ってしまったことを報告したものです。この事例からは、放射線災害後の内部汚染が、貧しい社会経済的状況の方、つまり健康弱者で起こりやすい可能性があることが浮き彫りになりました。

「弱者」の健康管理を行うことは、公衆衛生上、非常に重要な課題です。なぜなら、家族や居住地などの社会的な要因が健康の良し悪しに影響を与えることが今までの多くの研究からわかっているからです。つまり、それは貧しい人々の健康状態が良くないことを意味します。

そして、災害など予期せぬイベントが起こるとそのような方々がより影響を受けやすい可能性があるとも言われています。貧しい人たちが自分の力で貧しい社会的地位を脱するのは非常に困難を伴うことが知られていることと合わせて考えると、そういった「弱者」へのサポート充実させることは、災害後の重要な健康対策となります。

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放射線災害後の健康対策の大前提として、住民の放射線被ばくを最小限に抑えることがあります。幸いにして、福島第一原発事故の放射線被ばくによる健康影響は無視できるほどに小さいと報告されています。しかし、内部被ばくの管理は注意が必要です。なぜなら、空間線量に依存する外部被ばくは空間線量の時間的減衰に伴い、直後の被ばくが問題となる一方で、内部被ばくは外部被ばくと比較し、食品などを通して長期間にわたって影響を及ぼしやすく、加えてその影響は個々のライフスタイルに依存することから、内部被ばくのリスクが高い人々を特定することが容易ではないからです。 福島原発事故後、一部住民で比較的高いレベルの内部汚染が観察されていますが、個人の内部汚染の危険因子に関しては未だに分かっていないことが多くあります。

本症例の放射性セシウムの内部汚染レベルは、2017年に南相馬市立総合病院で内部被ばく検査を受けた対象者中の最高値で、相馬地区内でも最高値でした。過去の研究を踏まえて考えると、この内部汚染は吸入または事故初期からの汚染ではなく、帰還困難区域での自生のキノコ、野生植物、川魚の摂取によるものと考えられます。

そうはいっても、福島原発事故後に検出される内部汚染の最高値は、年々徐々に低下してきています。今までに報告されているCs-134とCs-137の最大値は、2012年の南相馬市で6,713 Bq / body、10,730 Bq / bodyでした。本症例はそれぞれ538 Bq / body、4,993 Bq / bodyで、2013年以降の南相馬市内の検査で3番目に高い値、2016年以降の最大値でしたが、その一方で年間の推定実効線量は0.20mSvと放射線被ばくによる確定的影響が懸念される100mSvを大きく下回っています。

過ごす場所の空間線量に依存する外部被ばくと異なり、内部被ばくは個人の生活状況(特に食生活)に依存します。以前の研究では、食事の好み、地元での汚染しやすい食品の摂取の有無など、いくつかの要因が住民の内部汚染に関与していることがわかっています。しかし本症例の場合、食事の好みではなく、経済的そして社会的支援がうまくいかなかったために、放射能汚染された食物の摂取を余儀なくされ、その結果内部汚染に結びついてしまったと考えられました。

つまり本症例は、以前から指摘されている食事要因に加え、貧しい人々に対する社会的支援の低下が、内部汚染の一因となる可能性があることを新たに示しています。空間線量も食品汚染レベルは時間とともに減衰はしますが、社会的要因は、急性期よりも慢性期(復興期)で高いレベルの内部汚染の要因となることも言えるかもしれません。放射線災害後の内部汚染の健康影響を最小限にするために、行政は災害後だけでなく、通常時から地元の福祉サービス提供者との連携を強化し、貧しい人々の医療・福祉へのアクセスを確保することが重要かもしれません。

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