先日、産経新聞のウェブサイト「産経ニュース」が、「高レベル放射性廃棄物の最終処分」なるシリーズ記事を5本連続で出したことが、一部で話題になっている。大学教授や社会学者、タレントらが、座談会あるいは対談やインタビュー形式にて、原発の使用済み核燃料等による放射性廃棄物=“核のゴミ”を地下深部に埋める「地層処分」について考える、というものだ。
たとえば第3回では、タレントの春香クリスティーン、哲学者の萱野稔人氏、社会学者の開沼博氏が「座談会」を行っている。こんな感じだ。
(略)
高レベル放射性廃棄物の問題は先送りしてはならない。「国民的議論」が必要だ。一読する限りでは、もっともなことを語り合っているように見える。
他の記事も同様だ。第1回は「iRONNA(いろんな)」の特別編集長として活躍中の現役女子大生・山本みずき氏と、元総務相の増田寛也氏、科学作家の竹内薫氏の座談会。第2回は、元テレビキャスターの松本真由美氏による実業家・堀義人氏への「インタビュー」。第4回は、東京都市大学の「有志学生記 者」が、経産省・資源エネルギー庁などが主催するシンポジウムをレポートする企画。そして第5回には再び山本みずき氏が登場して北海道・幌延深地層研究セ ンター視察するレポート。主張はほとんど同じで、とにかく核のゴミは重要な課題だから、国民が自分ごととして考える必要があると、口をそろえて語ってい る。
しかし、実はこれ、産経が突然、核のゴミ問題に目覚めてキャンペーン記事を始めたわけではない。広告主から金を受け取って掲載した“パブ記事”なのである。
広告主とは、原子力発電環境整備機構(NUMO)。経産省所管の認可法人で、国と一体的な関係にある原子力関連団体だ。その事業はずばり、「高レベル放射性廃棄物等の最終処分(地層処分)」(公式サイトより)。
本サイトが確認したところ、この5回にわたるシリーズ記事のうち4回は、同時に産経系の紙メディアでも展開されていた。NUMO公式サイトの 「10月の『高レベル放射性廃棄物の最終処分 国民対話月間』に合わせて、地層処分に関する様々な広報を実施しました」というページには、ご丁寧にもパブ の“ターゲット”まで記載されている。以下に抜粋すると……。
・1回目【産経新聞(一般層)】10月10日掲載
・2回目【Business i(オピニオンリーダー層)】10月16日掲載
・3回目【SANKEI EXPRESS(次世代層)】10月18日掲載
・4回目【夕刊フジ(ビジネスマン層)】10月19日掲載
・5回目【産経ニュース(インターネットユーザー層)】10月19日掲載しかも、このパブ記事、一目見ただけでは、記事か広告かは見分けがつかないようになっている。ウェブサイトは、シリーズタイトルの「提 供:NUMO」というクレジットと、他は左上にごくごく小さく「Sponsored」と記載されているだけ。紙メディアも、たとえば、春香らの“対談風” 記事が掲載された10月19日発行の「夕刊フジ」には、メインタイトルの横には「特集」の文字があるのみで、パブを示す「広告」「PR」の文言は一切な かった。
(略)
しかし、彼らがどう言い繕おうが、この広告は明らかに原発再稼働と連動している。それは、高レベル放射性廃棄物の処分問題が突如、盛り上がり始めた経緯をふりかえれば明らかだ。
そもそも核のゴミ問題は、長らく原子力業界の“アキレス腱”だった。NUMOは2002年から高レベル放射性廃棄物の受け入れ自治体を公募してき たが、現にその最初期の段階である文献調査すら今まで一度も行えていない。さらに3.11後の世論の逆風もあって、高レベル放射能廃棄物処分の取り組みは ほとんど棚上げされていた。
だが、12年に誕生した第2次安倍政権が原発再稼働の方針を打ち出したこと、そして、14年の東京都知事選で、細川護煕、小泉純一郎の元首相コンビがこの政策に真っ向から反対したことで、流れは大きく変わった。
とくにポイントになったのは、脱原発を公約に掲げる細川元首相を全面支援した小泉元首相が、13年11月の会見で「原発を再稼働すれば(核の)ゴ ミが増えていく。処分場が見つからないなら出直した方がいい」などと主張したことだった。安倍政権の再稼働方針に勢いづいていた経産省はこの主張に真っ青 になり、慌てて「核のゴミ」対策に乗り出したのだ。
毎日新聞14年2月2日付の報道が、高レベル放射性廃棄物の処分をめぐる経産省の有識者会議の議論がこの小泉発言を機に「急加速した」ことを伝えている。
毎日がスクープした経産省の内部文書によれば、前述の小泉発言後、有識者会議ではあらたに3つの施策が早急に取りまとめられていたという。その中に は「対外秘」として「国が科学的観点から有望地を絞り込み」という項目があった。経産省エネルギー庁・放射性廃棄物等対策室の職員は「小泉発言以来、自民党から『早くなんとかしろ』と急かされており、困っている」と漏らしていたという。さらに、記事のなかには、このような経産省幹部のコメントが掲載されている。
「反原発への動きを抑えて都知事選をやり過ごすには、処分場選定を急ぐ姿勢を見せることが大切。実現可能性? あるわけない」
そして、この動きは2014年、10年間にわたって原子力委員長を務めていた“原子力ムラのドン”近藤駿介東京大学名誉教授がNUMOの新理事長 に就任して、一気に具体化していく。今年5月には、国が処分地選出の主体となって「科学的有望地」を指定するという新方針が打ち出され、7月には、東京電 力、中部電力、九州電力の中堅幹部が新理事に送り込まれた。いずれも、原子力発電所の地元立地対策を担当していた面々だ。
そしてこれと軌を一にするように、NUMOは新聞などへの広告出稿、全国でのシンポジウム開催など、受け入れの啓蒙活動を大々的に展開し始めたのだ。
たとえば、新聞広告ではこの10月に、読売新聞、秋田魁新報、福島民報、北日本新聞、山梨日日新聞、中国新聞、高知新聞、南日本新聞などに15段ぶち抜きの広告を大々的に展開しているし、雑誌でも、「日経ビジネス」(日経BP)など、経済誌にパブ記事を頻繁に掲載されるようになっていた。そして、今回、取り上げた産経への大規模なパブ記事出稿−−−−。
もうおわかりだろう。高レベル放射性廃棄物の処分をめぐる啓蒙活動は、原発再稼働とは「別問題」どころか、完全にセットなのだ。しかも、経産省幹 部の「実現可能性? あるわけない」というコメントからも明らかなように、彼らは現実に処分場選定の道筋をつくろうなどとは全く考えていない。重要なのは、原発再稼働のために 処分場選定を真剣に考えているふりをすること。そのために、税金と電気料金を湯水のように使って、広告をばらまいているのだ
(略)
『原発広 告』などの著書で知られ、元博報堂社員として広告業界に精通する作家・本間龍氏が、こうした原子力ムラによる広告制作過程の内幕を「世界」(岩波書 店)15年8月号で分析している。本間氏が着目するのは、「週刊新潮」(新潮社)に14年1月から4回にわたって掲載された電事連のパブ記事だ。起用され ているのは、デーモン小暮や舞の海秀平らタレント、手嶋龍一氏に宮家邦彦氏という安倍政権と親しい評論家である。
〈新潮に掲載された広告はいずれも中面見開きの二頁、同誌で一番高価な紙面だ。(中略)
初回のデーモン小暮氏が登場する広告は、まるでデーモン氏本人が語っているように見えるが、もちろん本文はコピーライターがリライトしており、本人の 「肉声」ではない。これらの広告の左下隅に「提供 電事連」というテロップがついているが、これは「電事連がお金を出して作った広告です」という意味だ。 もちろんデーモン氏には高額な出演料が支払われていて彼の発言を装って広告主たる電事連の主張が展開されている。(中略)
ちなみに、この広告でいえば、新潮への掲載料はカラー見開きで約三五〇万円であり、そこに広告原稿の制作費、タレントの出演料が加わって、合計の制作費・掲載料はゆうに一〇〇〇万円を超えるだろう。その原資は全て電気料金であることは言うまでもない。〉(略)
しかし、安倍政権による原発再稼働政策とともに、それが今、復活気配にあるのだ。
日経広告研究所が毎年発行している『有力企業の広告宣伝費』の13年度版と14年度版を見比べると、例えば東京電力の宣伝広告費は16億9800 万円から30億1000万円へと倍増。東北電力も36億7800万から40億5100万円と増加している。これは11年度以降初めての傾向だ。そして、業 界団体である電事連や、本稿で取り上げているNUMOなど、関連団体の広告予算は公表されていないが、かなりの水準で上昇していると言われている。
(略)
つまり、今回、NUMOのパブ記事にタレントや有識者を数多く起用した背景にも、原子力ムラのそうした意図があるのではないかと推察されるのだ。 「原発の是非とは関係はない」というフレコミで「高レベル放射性廃棄物等の最終処分選定の議論を」と近づき、金漬けにして、最終的には原発応援団に仕立て ていく、そういう作戦ではないのか。
実際、その人選を見ると、朝日新聞で特定秘密保護法に反対しながら、読売新聞で原発再稼働を容認した春香クリスティーンなど、中立派を狙い撃ちしているように思える。
いずれにしても、高レベル放射性廃棄物をどうするかという課題は、けっして、産経グループのメディアで彼らが一斉に喧伝するような「再稼働とは別 の問題」ではない。少なくともNUMOは新たに生み出される“核のゴミ”を前提にしているはずだ。それは同時に、脱原発派を抑え込むという自民党の選挙対策、マスメディア対策を兼ねている。
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