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(向き合うということ 福島と水俣⑤)立場超え話せるように via 朝日新聞

 「地元学」という考え方がある。山や川、人々の暮らしなど、地域にもとからある資源に光をあてる「あるもの探し」を積み重ね、まちづくりに生かす。

 提唱するのは熊本県水俣市の吉本哲郎(67)。水俣病の風評で農産物が売れず、差別や偏見にさらされる故郷を再生したい、との思いがある。
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地元学は、福島でも芽吹こうとしている。

 昨年3月。吉本の自宅を、原発事故で避難区域になった飯舘村出身の酒井政秋(37)が訪ねた。

 病除(よ)けのために、表札の脇に乾いたキノコがつり下げられた玄関。まわりの山や炭小屋の風景。その一つ一つに「飯舘みたいだ」と懐かしを覚えつつ、吉本の話でとりわけ印象に残ったのが、地元学のことだった。
拡大小さい頃から慣れ親しんだ山への入り口に立つ酒井政秋さん。山はキノコ採りや祭りをする暮らしの一部だった=飯舘村

 酒井は震災後につながった村の若手たちと対話の会「かすかだりの会」を開いている。「かすかだり」とは地元の言葉で「生意気なことを言う」こと。放射能汚染と避難生活で一人ひとりが多くの問題を抱え込み、家族でさえも本音が言えない雰囲気を、どうにかしたい。

 たとえば、避難指示が解除されたら村に帰るか、帰らないか。酒井は今のところ、帰らないと決めている。でも、立場に違いはあっても、ふるさとを大切に思う人々の気持ちに変わりはないはずだ。
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今年、酒井は自分たちなりの地元学をやろうと考えている。原発事故前は当たり前だと思っていた村での暮らしを、仮設住宅で暮らす人々から聞き取り、みんなで共有する。未来のために過去を振り返る。村に帰る人も帰らない人も、世代を超えてつないでいきたい。「地元の良さを探りながら、今のことも話せるようになっていければいい」

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