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<福島・南相馬>東日本大震災・被災地支援活動のいま~ボランティア体験を通して(上) 大村一朗 via アジアプレス・ネットワーク

東日本大震災から6年が経過したいまも、被災地では多くのボランティアたちが汗を流している。とりわけ、原発事故による避難指示が昨年、今年と解除された福島県の市区町村では、帰還者への支援など、行政だけではカバーしきれない問題がたくさんあり、非営利団体(NPO)やボランティアが果たす役割は大きい。10月初旬、南相馬市を訪ねた。(大村一朗)

◆ボランティアに参加するまで
インターネットで検索すると、福島第1原子力発電所のある福島県浜通り(沿岸部)には、各地区の社会福祉協議会やNPOなど、ボランティアの活動拠点が複数あるようだった。その中で、ボランティア参加者数と活動内容を毎日欠かさずブログで発信していた「南相馬市ボランティア活動センター」が目に留まった。

NPO法人である南相馬市ボランティア活動センターは、昨年7月に避難指示が解除されたばかりの同市小高区に位置している。プレハブの本部と平屋建てのボランティア宿舎、それに屋根付きの広い機材置き場を擁する敷地には、朝8時を過ぎるとその日のボランティア参加希望者が集まってくる。

初参加の私は、まず「活動受付」で氏名住所を書き込み、ボランティア保険の加入手続きを済ませると、センター名の書かれた蛍光色のベストを着こむ。他に若い女性が2人と、中高年男性が4人。私を入れて計7人。団体やグループ参加が多い週末は、土日合わせて100人ほどの参加があるが、平日の参加者数はこの程度だという。

(略)

持ち場となったその民家にも人の気配はなかった。おそらく震災から6年のあいだ、無人だったのだろう。納屋に置きっぱなしの小型ショベルカーは錆と埃にまみれ、裏手のお社は朽ち果てようとしている。そして広い敷地を覆いつくさんばかり藪と草。それらを刈り取ることが仕事だ。

草刈りを依頼されたからといって、この家の住人がまもなく帰還するとは限らない。生い茂った草木を定期的に伐採しなければ、家は荒れ果てる一方だからだ。

草刈りには、小型エンジンを搭載した刈払機や、さらに強力な「ハンマーナイフ」(自走式草刈機)が使われる。刈払機は初日から、ハンマーナイフも3日目には任されたが、マニュアル車の運転を知っていればそれほど難しいものではない。深い雑草に覆われていた敷地がみるみる切り開かれてゆくのを目の当たりにすると、自分も少しは役に立てているのだと思えて嬉しかった。その日は軽トラックを運転し、刈り取った草を山のように荷台に積んで、15キロほど離れたクリーンセンター(ゴミ収集所)まで運び込んだ。

(略)

◆ボランティアには宿泊施設も
センター敷地内にはバストイレ付3DKの立派な宿舎があり、一泊500円を上限とする任意の寄付で泊まることができる。市民から無償で貸与されているものだという。
ところが、多くのボランティアたちは、ここから10キロほど離れた国道6号沿いの「道の駅・南相馬」に泊まる。彼らの多くは定年退職後、ライフワークとして足しげく被災地に通っている熟練ボランティアであり、私が今回出会った人たちは、自家用車に寝具一式積み込んで、関東近県から訪れていた。道の駅の近くには公衆浴場もコインランドリーも大型のスーパーも揃っている。宿泊所が混雑しているなら、気ままな車中泊も良いかもしれない。

全文は<福島・南相馬>東日本大震災・被災地支援活動のいま~ボランティア体験を通して(上) 大村一朗 

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