原発被災地・南相馬市に1000年続く重要無形民俗文化財「野馬追」から考える廃炉作業 via メディアゴン

(抜粋)

筆者がお世話になっているライディング・センターには、こうした『野馬追』好きの人たちが集うのだが、ある朝にひとりの見知らぬ男性がやってきた。ご挨拶を済ませた後に、

「自分は地元の人間だけれど、福島第一原発で働いている東電職員です」

と身分を明かしてくれた。そして、次のようにも続けた。

「震災前は、乗馬を楽しみに毎日ここに通っていた。『野馬追』にも毎年出陣していたのですが・・・」

埼玉県から来た筆者には何のしがらみもない。だから、当たり前のように、

「それほど好きでしたら、お続けになられたらいいではないですか?」

という反応を示したのだが、彼からの回答は、筆者には想像もできないことであった。

「とてもではないけれど、そんな資格はいまの自分にはないです。でも懐かしいから、ときどきここに足が向く」

のだという。また、「夫は東電の管理職社員です」という立場を隠して瓦礫撤去や片付け作業などのボランティアに参加している家族が、いまだにここにはいる。皆さん共通して明かしてくれることは、「せめてできることをしているだけです」と。

現地に踏み留まって奮闘されている東電社員に、おもてだって文句を言う人はいない。それは事実だ。

だが、「家には戻れない」、「稲作を再開できない」などという声を聞かされれば、気持ちのうえでは、まだまだ立ち直れない。沈黙を保つしかないのだろう、寂しいことだけれど。

廃炉作業は、これからも30~40年は続く。その間、近隣の住民は、そうした技術員や作業員と共に暮らすことになる。彼らを理解し、共存していかなけれ ば、作業に携わる人たちも集まらず、結果として除染や廃炉も遅れてしまう。それは地元にとってもマイナスだ。逆にうまく共生することで、若者や人材を地域 に定着させることができるかもしれない。

乗馬クラブにフラっと現れた男性の願いはひとつだった。

「身体がもつ限り、微力ではあるが頑張りたい。そして、もしお許しがいただけるなら、いつかまた馬に乗れることを夢見ている」

ということ。
新たな展開を迎える被災地にとってのひとつの命題は、廃炉作業員の状況、立場、考えを理解し、共生を図っていくことである。

全文は原発被災地・南相馬市に1000年続く重要無形民俗文化財「野馬追」から考える廃炉作業

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