データ不正提供疑惑・計算ミス発覚の個人被爆線量論文。早野教授は研究者として真摯な対応を via Harbor Business Online

昨年12月27日の毎日新聞が、福島第1原発事故後に測定された福島県伊達市の住民の個人被ばく線量のデータを基に、早野龍五・東京大名誉教授らが英科学誌に発表した2本の論文について、本人の同意のないデータが使われた疑いがあるとして東大が予備調査を開始したというニュースを報じました。(参照:毎日新聞)  同記事では、調査のきっかけとなった住民からの申し立てで、“図の一部に不自然な点があり、「線量を過小評価するための捏造(ねつぞう)が疑われる」”と指摘されたと報じ、それに対して早野氏が、同紙の取材に対し“「適切なデータを伊達市から受け取ったという認識で対応していた」とメールで回答。「計算ミスがあり、線量を3分の1に過小評価していた」として出版社に修正を要請した”と応じたとしています。

[…]また、週刊ダイヤモンドの2017/3/22の記事、「福島の被曝調査で分かった安全基準の過剰、除染の意義揺らぐ」では、第二論文の内容まで踏み込んで、 ・現在、伊達市で空間線量が高い地域でも、生涯の被曝量もたいしたことはない。 ・除染しても被曝量はさして減らない。 ということが「研究成果」として述べられています。そして、これはもちろん、 ・空間線量が高いところでも、実際の被曝は少ないんだから住んで問題はない。 ・除染で空間線量が下がっても、被曝量は減らないんだから除染には意味がない。 という、非常に政治的な主張になっています。

指摘された問題点と早野氏の対応

毎日新聞の記事によると、指摘された問題点は a) 論文では、約5万9000人分のデータを解析しているが、約2万7000人分について本人の同意を得ていない b) 論文の著者の一人が所属する福島県立医大の倫理委員会に研究計画書の承認申請を行う前の15年9月に早野氏が解析結果を公表している c) 図の一部に不自然な点があり、「線量を過小評価するための捏造が疑われる の3点であり、早野氏は、 (a) については「適切なデータを伊達市から受け取ったという認識で対応していた」(c)については「計算ミスがあり、線量を3分の1に過小評価していたとして出版社に修正を要請した」としているとのことで、(b) についてはノーコメントであるようです。  念のため、それぞれの点について、原資料ないしはなるべくそれに近いものをみてみます。まず、(a) です。

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・研究計画書には 同意を得た人のデータだけを使う、と書いてあるが実際にはそうなっていない ・研究計画書には、「ID付与者の居住地を航空機による空間線量モニタリングの各メッシュと突合」とあるが、実際には – GIS化(すなわち、住所から緯度経度データへの変換)は市から早野氏に依頼している – しかし、変換したデータを市は受け取っていない

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つまり、研究計画書に基づいた倫理審査をパスする前にすでにデータが早野氏に渡っており、さらに解析結果の発表もされてしまっている、ということです。この点について早野氏からコメントがないのは極めて大きな問題でしょう。

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研究の質を疑うレベルの「計算ミス」

 (c) 図の一部に不自然な点があり「線量を過小評価するための捏造(ねつぞう)が疑われる」については、早野氏のコメントとして「計算ミスがあり、線量を3分の1に過小評価していたとして出版社に修正を要請した」とのことです。  図の問題の指摘は 高エネルギー加速器研究機構(KEK) 名誉教授黒川眞一氏によるものが公開されており(参照:https://arxiv.org/abs/1812.11453)、これは宮崎・早野論文が掲載された雑誌に「コメント」として掲載予定であるとのことです。  ちなみに、これは第二論文についてのものであり、生涯被曝量の計算がおかしい、との指摘です。おかしい点の詳細についてはここでは省略しますが、極めて初歩的なミスであり、意図的でなくこんなミスをするのは論外である一方、意図的にやったのであればあまりに下手なやり方であり、どちらにしても研究の質を疑わざるを得ないものです。
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報道で指摘された点は大きな問題

まとめると、毎日新聞の記事で指摘されていた3点についてはいずれも問題点を確認できるだけでなく、 (a) の個人情報の問題については、研究計画書との不整合、特に、生データが研究計画書が提出される前に別に不透明な手続きで伊達市から早野氏にわたり、研究はそのデータを使って行われたのではないかという可能性を現在のところ否定できないという大きな題があるようです。  伊達市では調査委員会が設置され、また東大でも予備調査が始められるとのことなので、調査がねじ曲げられることなく、何が起こったかが明らかになり、データの不正利用や不正な結果に基づいた政策提言が防止されることを望みたいところです。

報道を受けて発表された早野氏の見解にもさらなる問題が

そして、この問題を受けて、早野氏も1月8日、文部科学省記者クラブに「伊達市民の外部被ばく線量に関する論文についての見解」を貼出し、“重大な誤りとその原因、意図的でなかったこと、今後の対応、伊達市の方々への陳謝など”(早野氏Twitter https://twitter.com/hayano/status/1082488374043103232より)の見解を表明しました。  しかし、この「見解」には、極めて重大な問題がいくつも見受けられました。それだけで別記事をたてる必要があるほどのものですが、研究者の対応として最大の問題だけをあげると、論文としては同見解の「2.この誤りについて、2018年11月28日に、JRP誌に『重大な誤りを発見したので、Letterへのコメントとともに論文の修正が必要と考える』と申し入れ、2018年12月13日に、JRP誌より『修正版を出すように』との連絡を受けました」とあるものが最大の問題です。 「S. Kurokawa 氏からの問い合わせにも深く感謝申し上げます」と、黒川氏から雑誌編集部に送られている問題点を指摘するレター論文(参照: Comment on “Individual external dose monitoring of all citizens of Date City by passive dosimeter 5 to 51 months after the Fukushima NPP accident (series): II)を読んだことを明らかにしているにもかかわらず、そこで指摘されている問題点に対してまともに回答していないのです。  黒川氏のレター論文では10箇所近い誤りが指摘されているにもかかわらず、早野氏の「見解」では、「3倍するのを忘れた」という1つだけを誤りとしており、それは黒川氏が指摘しているものではありません。
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しかし、あとから振り返ってどうだったかというと、 2015年になって木下氏は以下のようにTweetされています。 “@(木下氏のレス相手) 一番大事なときに、まちがったツィートをして、皆様に判断を誤らせる情報を流したことは事実です。私は核燃料が専門なのですがプラントの専門家ではありません。にもかかわらず責任のとれないツィートをしたのは一生の不覚で、これも含めて今は償いをする日々です”(木下氏の2015年3月3日のTweet)  要するに全くの間違いを流してしまったと書いているわけです が、その全くの間違いを全く疑うことなく信じて、実は科学的に正しく、また原発事故に関する常識でもある、冷却系が止まるとメルトダウンは時間の問題である、ということを否定したのが水野氏であり、早野氏だったのでした。  研究者であれば、この時点でなすべきことは「計算(概算)の根拠を示し、自分でもチェックする」ことではないかと思います。  核燃料の専門家である木下氏や実験物理学者である早野氏にこれくらいの計算ができないはずはないのですが、やらなかった、そして間違えた、ということです。
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<文/牧野淳一郎> まきの じゅんいちろう●神戸大学教授、理化学研究所計算科学研究センターフラッグシップ2020プロジェクト副プロジェクトリーダー・学術博士。国立天文台教授、東京工業大学教授等を経て現職。専門は、計算天体物理学、計算惑星学、数値計算法、数値計算向け計算機アーキテクチャ等。著書は「シミュレーション天文学」(共編、日本評論社)等専門書の他「原発事故と科学的方法」「被曝評価と科学的方法」(岩波書店)

 
 

 

 

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