日本の裁判所は「権力補完機構」なのか
司法権力の中枢であり、日本の奥の院ともいわれる最高裁判所の「闇」を描いた『黒い巨塔 最高裁判所』(瀬木比呂志著)が10月28日に刊行される。
本作では、自己承認と出世のラットレースの中で人生を翻弄されていく多数の司法エリートたちのリアルな人間模様が描かれているが、実は、この作品には、もうひとつの重要なテーマがある。最高裁判所がひそかに進める原発訴訟の「封じ込め工作」だ。
福島第一原発事故以後、稼働中の原発の運転を差し止める画期的な判決や仮処分が相次いでいるが、最高裁はこのような状況に危機感を覚え、なりふり構わぬ策を講じている、という。原発訴訟をめぐって、いま最高裁で何が起きているのか、瀬木さんに話を聞いた。
最高裁の「思惑」
ーー前回のインタビューでは、最高裁判所の権力機構のカラクリと、そこで働く裁判官たちの生態についてうかがいました(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49800)。今回は『黒い巨塔 最高裁判所』のモチーフとなっている、最高裁内部で進行する原発訴訟封じ込め工作についてお聞きします。
『黒い巨塔 最高裁判所』の時代背景は1980年代後半ですが、2016年現在、最高裁内部でひそかに進められている原発訴訟封じ込め工作をルポルタージュした作品を読んでいるかのような感覚がありました。
(略)(りゃ
具体的にいうと、最高裁と最高裁事務総局は、現在では、間違いなく、電力会社や政権寄りの判決、決定(仮処分の場合)が出るように強力に裁判官を誘導しようという意図をもっているだろうし、また、例によって外部からは明確にはわからない巧妙な形で、そのような誘導を行っている、あるいは行う準備を進めているだろうと思います。
さらに、過去の事実や文献等から推測してみますと、以上と並行するような何らかの立法の動きが出てくることも、ありうると思います。
露骨すぎる人事異動
ーー私は、まさにそのように読みました。「ああ、原発訴訟はこのように統制され、このように決着させられてゆくのか……」といった、暗いリアリティーをひしひしと感じたのです。
でも、現実の世界では、2014年5月の大飯原発差止め判決、2015年4月と2016年3月の2つの高浜原発差止め仮処分(前の2つの判決、仮処分は樋口英明裁判長、最後の仮処分は山本善彦裁判長)と、稼働中の原発の運転を差し止める画期的な判決、仮処分が複数出ましたね。
日本の原発の構造は基本的に同じで、立地や技術上の問題点も共通していますから、こうした裁判に続く方向の裁判が、続々と出てくる可能性はないのでしょうか?
(略)
その根拠を述べましょう。
第一に、福島第一原発事故後、今おっしゃった判決や決定がある一方で、高浜原発に関する第一の仮処分の取消し決定(2015年12月)など、福島第一原発事故以前の裁判の大勢、その枠組みに従う方向の判決や決定も、同じくらい出ているからです。
第二に、最高裁が、『ニッポンの裁判』でもふれた2012年1月の司法研修所での裁判官研究会から1年余り後の、2013年2月に行われた2回目の研究会では、強力に「国のエネルギー政策に司法が口をはさむべきではない。ことに仮処分については消極」という方向性を打ち出していると解されるからです。この研究会については、文書も入手しています。
第三に、原発訴訟については、過去にも、ことに判決の時期が近付いたときに、最高裁寄りの裁判長がその裁判所に異動になって事件を担当するといった動きが出ているという事実があります。
福島第一原発事故後はそれがいっそう露骨で、先の高浜原発差止め仮処分取消し決定に至っては、異動してきた3人の裁判官すべてが最高裁事務総局勤務の経験者なのですよ。これが偶然的なものだとしたら、宝くじ上位当選レヴェルの確率でしょうね(笑)。もう、120パーセントの露骨さです。
(略)
ところで、大飯原発差止め判決の樋口裁判長は、名古屋地裁に異動になったように記憶していますが、それでも、執念で、職務代行という形で、第一の高浜原発差止め仮処分決定を出しましたね。これは、相当に異例のことでは?
瀬木 異動は、名古屋地裁ではなく、名古屋家裁です。
そして、この異動は、この裁判長のこれまでの経歴を考えれば、非常に不自然です。地裁裁判長を続けるのが当然のところで、急に家裁に異動になっている。キャリアのこの時期に家裁に異動になる裁判官は、いわゆる「窓際」的な異動の場合が多いのです。また、そういう裁判官については、過去の経歴をみても、あまりぱっとしないことが多いのです。
しかし、樋口裁判長の場合には、そういう経歴ではなく、家裁人事は、「青天の霹靂(へきれき)」的な印象が強いものだと思います。
第一に地裁の裁判の現場から引き離す、第二に見せしめによる全国の裁判官たちへの警告、という2つの意図がうかがわれますね。
ただ、形としては、家裁とはいえ、近くの高裁所在地である名古屋の裁判長への異動ですから、露骨な左遷とまでは言い切りにくいものになっています。
こういうところが、裁判所当局のやり方の、大変「上手」なところだともいえます。また、彼の裁判が非常に注目されている状況で、あまりに露骨な左遷はできなかったという側面もあるでしょう。
(略)
その名前が広く知られることになった先の樋口裁判長でさえ、しかも直後の異動で、それをやられているのですからね(通常は、『絶望の裁判所』にも記したとおり、最高裁の報復は、ある程度時間が経ってから行われます)。
関連しての問題は、マスメディアが原発訴訟に注目しなくなってからの彼の処遇です。より微妙かつ陰湿な人事が行われる可能性も否定できません。山本裁判長の今後の人事と併せ、世論の監視、バックアップが必要なのです。
福島第一原発事故以前の原発訴訟で勝訴判決を出した2人の裁判長についてみると、これも『ニッポンの裁判』に記したとおり、1人が弁護士転身、もう1人は、定年まで6年余りを残して退官されています。ことに後者の退官は気になります。
また、詳細にふれることは控えますが、国の政策に関わる重大事件で国側を負かした高裁裁判長が直後に自殺されたなどという事件も、僕自身、非常にショックを受けたので、よく覚えています。
(略)
瀬木 きわめて巧妙かつ複雑なシステムですよ。すべてが、「見えざる手」によって絶妙にコントロールされている。ある意味、芸術的ともいえる思想統制です。まさに超絶技巧です(笑)。
建前上は、すべての裁判官は、独立しているわけです。裁判官は、法と良心に照らして、みずからのよしと信じる判決を書くことができる。
建前上はそうです。欧米先進国と同じ。
ところが、特に、権力や統治、支配の根幹に関わる憲法訴訟、行政訴訟、刑事訴訟、そして原発訴訟(これは民事と行政の双方がある)のような裁判では、結局、ごく一部の良心的な裁判官がある意味覚悟の上で勇気ある判断を行うような場合を除けば、大多数は、「どこを切っても金太郎」の金太郎飴のような権力寄りの判決になる。
独立しているはずの裁判官が、あたかも中枢神経系をもつ多細胞生物を構成する一個の細胞のように、一糸乱れぬ対応をとる。最高裁長官を頂点とする最高裁事務総局がその司令塔であることは今や公然の秘密ですが、外部からは、どこに中枢があって、どのような形で統制が行われているのかが、そのシステムの構造が、とてもみえにくい。
しかも、多くの裁判官は、精神的「収容所」の囚人化してしまって、自分がそういう構造の中にいることすら見えなくなっている。
(略)
つまり、最高裁事務総局は、そもそも協議会参加裁判官たちの議論など最初から重視していないのです。事務総局関係者は「局見解」を述べるために出席し、裁判官たちの大多数も「局見解」を聞くために参加しているにすぎません。
だから、多くの出席者は、各庁の意見は聞き流していても、局見解だけは必死でメモします。そこで鉛筆やシャープペンシルが一斉に動き始める様は、スターリン時代のソ連の会議もかくやと思わせる異様な光景です。一度見たら決して忘れられません。
協議会終了後に、その結果を、関係局、事務総局が、いわゆる「執務資料」というものにまとめます。事務総局の執務資料は味も素っ気もない白い表紙のものと決まっているので、裁判官たちは、これを「白表紙(しらびょうし)」と呼んでいます。そこに掲載された「局見解」は、全国の裁判官たちに絶大な影響を与えます。
実際、水害訴訟や原発訴訟など、協議会が開かれた訴訟類型の判決では、「白表紙」中の局見解と趣旨を同じくする判決があるのはもちろん、中には、表現までそっくりの「丸写し判決」まで存在しました。
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