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考・原発 私の視点 井戸謙一 via 中村隆市ブログ(西日本新聞)

金沢地裁裁判長として2006年3月、北陸電力に志賀原発2号機(石川県志賀町)の運転差し止めを命じた。「電力会社の想定を超えた地震によって原発事故が起こり、周辺住民らが放射線被ばくする具体的可能性がある」と認めた判決から5年。福島第一原発事故が起きた。

「いろんな思いがあり一言では言えないが、現実的なリスクがあると思って差し止め判決を出したわけだし、そのリスクは全国の原発にもある。一方で、 事故を起こさず廃炉を迎えるのではないかとの思いもあった。恐れていたことが現実になってしまった。自分の甘さを思い知らされた」

「大阪高裁の裁判官室で揺れを感じ、次の日はテレビにかじりついた。原発が爆発したときは、建屋だけとは思わず、首都圏は人が住めない、放射能が大量にやってくると覚悟した。政府は事故対応にもたつき、国民を放射能から保護することもできず、ほったらかしにした。こんな国だったのかと衝撃を受けた

続きは考・原発 私の視点 井戸謙一

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