Monthly Archives: July 2011

今を生きる 揺れる母親たち(30) ここで産み、育てる via 福島民報

一回り大きくなったおなかの中で、新しい命がすくすくと育っている。妊娠15週目。「トントンと、もうすぐたたいてくれるかな」。須賀川市の主婦渡辺美紀さん(30)=仮名=は、そっとおなかに手を当てた。 2歳の長男と2つ違いの子どもを欲しいと願っていた。長男を産むまでは、なかなか子宝に恵まれなかった。「早く2人目が欲しいね」と、いつも夫と話していた。 東日本大震災と東京電力福島第一原発事故に大きな衝撃を受けた。あまりの惨状に将来への不安が募り、「もう子どもはできないかも」と一時はあきらめた。 続きは今を生きる 揺れる母親たち(30) ここで産み、育てる

Posted in *日本語 | Tagged , , , | Comments Off on 今を生きる 揺れる母親たち(30) ここで産み、育てる via 福島民報

福島第1原発:内部被ばく検査 先行の122人異常なし via Mainichi jp

福島県は23日、福島第1原発事故を受けた全県民対象の被ばく影響調査の一環で先行実施した浪江町の住民の内部被ばく検査について、結果を伝える説 明会を二本松市で開催した。検査に当たった放射線医学総合研究所(千葉市)の明石真言理事は、飯舘村、川俣町山木屋地区も合わせた122人について「全 員、内部被ばく線量は1ミリシーベルト未満で問題なかった」と説明した。検査は先月27日から実施。ホールボディーカウンターと呼ばれる装置を使って内部被ばく線量を測定、尿を採取して放射性物質が含まれていないかも調べた。 続きは福島第1原発:内部被ばく検査 先行の122人異常なし ◇ 関連サイト: ・浪江町122人の内部被曝量「健康に影響ない」via Yomiuri online

Posted in *日本語 | Tagged , , , | 2 Comments

NPCIL to borrow $5.7 bn for world’s largest nuclear plant via The Financial Express

fe Bureau Posted: Saturday, Jul 23, 2011 at 0048 hrs IST New Delhi: Nuclear Power Corporation (NPCIL), India’s lone nuclear power generation utility, is going ahead with its aggressive capacity addition plans despite the renewed concern over safety of nuclear … Continue reading →

Posted in *English | Tagged , , , , , , | Comments Off on NPCIL to borrow $5.7 bn for world’s largest nuclear plant via The Financial Express

50年代米公文書:「日本は核に無知 原子力協力で治療」via Mainichi jp

1954年3月1日に太平洋ビキニ環礁で米国が行った水爆実験で静岡の漁船「第五福竜丸」が被ばくし、原水爆禁止が国民運動となる中、危機感を深め た当時のアイゼンハワー米政権が日本の西側陣営からの離反を憂慮、日本人の反核・嫌米感情を封じ込めようと、原子力技術協力を加速させた経緯が23日、米 公文書から明らかになった。共同通信が米国立公文書館で収集した各種解禁文書は、核に「無知」な日本人への科学技術協力が「最善の治療法」になるとして、原子力協力の枠組み や日本人科学者の米施設への視察受け入れを打ち出す過程を明記。米側が「原子力の平和利用」をテコに日本世論の懐柔を図り、被爆国が原発導入を進めるに 至った源流が浮かび上がった。 続きは50年代公文書:「日本は各に無知 原子力協力で治療」 ◇ 関連記事: ・ビキニ被ばく受け原子力協力 米公文書、日本人は核に「無知」via 東京新聞

Posted in *日本語 | Tagged , , , , , | Comments Off on 50年代米公文書:「日本は核に無知 原子力協力で治療」via Mainichi jp

Nuclear Cover Up: World’s Largest Movable Structure to Seal the Wrecked Chernobyl Reactor via Scientific American

CHERNOBYL, Ukraine—Imagine a metal arch taller than the Statue of Liberty. Now picture it sliding a distance of roughly three football fields, making it the largest movable structure ever . Under this steel rainbow engineers are planning to entomb the … Continue reading →

Posted in *English | Tagged , , , | Comments Off on Nuclear Cover Up: World’s Largest Movable Structure to Seal the Wrecked Chernobyl Reactor via Scientific American

太陽光発電見えぬ道筋 孫社長呼びかけ自然エネ協議会 12都県参加見送り via msn.産経ニュース

2011.7.23 22:28 福島第1原発事故を契機に自然エネルギーへの転換を求める声が上がる一方、性急な転換を危 惧する声も強まっている。ソフトバンクの孫正義社長の呼びかけで、35の道府県が参加する「自然エネルギー協議会」の設立総会が13日に開かれた。孫社長 は「大変な熱意」と全国の約4分の3の自治体が集まった状況を評価する。ただ、参加を見送った自治体からは「課題や不明な点が多い」と慎重な意見も相次い でいる。 「多数派の勢いに押されそうだが、あわてて参加してだめになった場合、県としての責任がある」 続きは太陽光発電見えぬ道筋 孫社長呼びかけ自然エネ協議会 12都県参加見送り

Posted in *日本語 | Tagged , , , , | 3 Comments

東電を破綻処理せずに救済すると、国民の負担は約10兆円増える via Blogos

2011年07月23日14時54分 中島聡 「原発賠償支援法案に関して、民主・自民・公明の3党が合意、早ければ来週26日に衆議院で可決される見通し」との報道がされているが、ここで国民が一番 注目すべきは、国民の負担を最小にするために、東電を破綻させるスキームになっているかどうか。実際の法案はまだ一般公開されていないが、報道を見るかぎ り「東京電力に対し、経営責任の明確化や徹底したリストラなどを求める」など、東電救済を前提の生温いものになっているようで、とても心配だ。 まず誤解してはいけないのは、東電を経営破綻させても電気は決して止まったりしないということ。JALを破綻処理しても飛行機が飛び続けたのと同じ様に、電力の供給は安定して続けながら破綻処理することは普通に可能である。 続きは東電を破綻処理せずに救済すると、国民の負担は約10兆円増える

Posted in *日本語 | Tagged , , , , , | 2 Comments

玄海1号機:圧力容器鋼材の質にばらつき 製造ミスの疑い via Mainichi jp

運転開始から35年以上たった九州電力玄海原発1号機(佐賀県玄海町)について、原子炉圧力容器に用いた鋼材の質にばらつきがあり、製造ミスの可 能性があることが、井野博満東大名誉教授(金属材料学)らの分析で23日、分かった。九電が今月初めて公表した鋼材の劣化判断の基準となる「脆性(ぜいせ い)遷移温度」の試験データを精査した。 原発の長期間の運転による劣化は、研究者の間でも不明な点が多い。ただ、詳細なデータに基づき、鋼材そのものに欠陥がある可能性を指摘されたことで、従来の検査の信頼性が問われそうだ。 玄海原発1号機は三菱重工業が設計・建設した。九電は原発の健全性を評価するため、圧力容器と同じ材質の試験片を長さ約3.3メートルのカプセルに入れ、圧力容器内側に固定。数年~十数年ごとに試験片を取り出し脆性遷移温度を調べている。 続きは玄海1号機:圧力容器鋼材の質にばらつき 製造ミスの疑い ◇ 英文記事: ・Genkai reactor may have faulty vessel via The Japan Times

Posted in *日本語 | Tagged , , , , | Comments Off on 玄海1号機:圧力容器鋼材の質にばらつき 製造ミスの疑い via Mainichi jp

脱原発めぐり揺れる保守論壇 via asahi.com

脱原発をめぐり、保守論壇が揺れている。 「新しい歴史教科書をつくる会」の初代会長を務めた保守派の評論家・西尾幹二は、月刊誌「WiLL」7月号に「脱原発こそ国家永続の道」と題した論文を発表。「国土は民族遺産である。汚染と侵害は許されない」と保守派らしい言いまわしで、脱原発派への「転向」を宣言した。 保守論壇の大勢は、なお原発推進だ。産経新聞社は社説で原発推進を堅持している。西尾は、間もなく原子力の安全神話が再び言論界を覆うだろうと予測し、「産経新聞は懲りずにすでにそうである」(同誌8月号)と手厳しい。 続きは 脱原発めぐり揺れる保守論壇

Posted in *日本語 | Tagged , , | 2 Comments

ドイツの脱原発論に接して via正義と平和協議会

報告者・翻訳者の花崎皋平さんの許可を得て掲載します  二〇一一年四月初め、ドイツを旅行していてフランクフルター・アルゲマイネツアイトゥング紙の四月三日日曜特集を手にする機会があった。日本の新聞には見られない非常に明確な主張の脱原発特集がなされていた。一面トップの見出しが「われわれの敵、アトム」で、「ビショップ・マルクス:早くやめよ。トリッティン:次期の任期中に脱却可能」という副題が付いていた。マルクスはミュンヘンのカトリック大司教、トリッティンは緑の党の代表である。  このうちビショップ・マルクスのインタビューに一面全部が割かれていた。それを読んで共鳴するところが多かったので、主な部分を紹介したい。インタビューは「われわれはもっと早く脱却しなければならないーー原発政治の倫理、限度の喪失、国家の委託に置ける教会の役割」と題されている。いかはその要約である。  人は高度に工業化された国土における原子エネルギーの危険について知っている。すでに以前から最終処理問題が解決されていないことを知っている。  原子力は過渡的技術であるというコンセンサスはすでにある。その過渡性をできるだけ引き延ばしたがっている若干の人たちがいる。昨年秋に、原発の運転期間を延長することにした政府の決定を、私は残念に思っていた。可能な限り、もっと早くわれわれは脱却すべきである。  この技術的、政治的、経済的問題に、ビショップはなにを寄与することができるかという質問に対して、彼はこう答えている。  「われわれはすべての世代に好ましくない結果をもたらす技術を信頼すべきかという倫理的問いに直面している。われわれはその問いにノウという。それは、われわれがすべてを市場にゆだねるべきではないという提言に関係している。エネルギーは他の商品と同じように取り扱うべきではない。われわれはその全部を政治的、社会的な枠組みに置かなければならない。その際、われわれはどのくらいの期間、影響と負担を我慢しなければならないかを考慮しなければならない。それは単に核エネルギーだけのことではない。われわれがどのような生活を望むか。その限度についての問題である。  ここで訳者の注釈を加えると、限度と訳したドイツ語はマースMassでヘーゲル論理学のカテゴリーでもあるが、淵原をたどればギリシャ哲学のカテゴリーでソープロシュネーである。この言葉は節制とも訳される。わきまえるべき限度を守る倫理的態度を意味する。成田空港建設反対の農民思想家が「腹八分目」の思想ということをいったが、具体的には欲望のままに振る舞うことを戒めるそうしたあり方である。原文に戻ろう。  われわれの生活スタイルは気候変動と資源節約に合致する福祉モデルに帰られなければならない。技術革新をもちいて効率を高め、より少ないエネルギーで必要を満たすようにすることである。ドイツがそれを示せば他の国を励ますことになるだろう。再生可能なエネルギーの建設をともなう(原発からの)脱却は可能である。われわれが自宅を持つ人びとのあまり生産性の高くないソーラー設備を公共料金で補助し、貧困な人に、より高くなる電気料金を補助する新しい分かち合いが人びとに支持されないとは思わない。ともかく新しい技術への道を開くことには意義があると思う。  エネルギーの値段が高くなるとしても、それを受け入れるか、という問いかけに対しては、エネルギーが実際に公正であればたぶん認める。しかし問題はよりひろい枠組みの中で議論されなければならない。その際、核エネルギーの場合、実際の価格が今日まで計算されていないこともきちんと考えるべきである。根本的な問題は、われわれがますます、もっとエネルギーの責任を負うことができるかどうかである。  成長にブレーキをかけるかどうかということについてはこう語っている。  成長の終わりという命題は誤っている。成長ということでなにを理解するかは新しく議論すべきである。いまはちょうど四旬節(断食の時)である。このときにマース(限度)のスピリチュアリティを擁護することはむずかしいことではない。  限度とか限界というが、それは具体的には何を意味するのかという問いに対しては、こう答えている。  それは最終的には創造者と被造物との区別である。被造物の限度を越えることはできないというところから、受容可能な人間像が導かれる。もしわれわれが原子力技術の計り知れない危険を、もっと後の世代の、責任のない人びとから取り除かないならば、限度を失っているというべきである。それは道路交通の危険とはまった別の事柄である。  この場合に、どこにその限界があるかをどうやって知るのか。  それは理性的な議論によって行うべきことである。それは骨の折れることであるが、できないことではない。  貴方の答えは聖書に書いてあることなのかという問いに対しての答えはこうである。  それは万人が持つことができる根本認識である。良否、正不正を判断できるためにキリスト者である必要はない。その判断は理性的で根元的で、すべての人間があとづけることができるはずである。  その判断に、核エネルギーに決別しなければならないという命題が属しているか、と問われて、グローバルにはまだそうではないとのべている。  このあと、現在のドイツの政府や議会と教会との関係についての質疑が続くがそれは事情がよくわからないので省略する。  これを読んで思ったことは、日本の新聞で原子力エネルギー利用に着いての倫理というようなことが話題にされたことはない、消費の抑制、人間の生活における根元的な節度とか、そのスピリチュアリティといったことが論じられることもない。要するに哲学も倫理もお呼びではないのである。  だから、エネルギーは他の商品と同様の商品とすべきではないという社会倫理的判断とか、正邪善悪の判断は万人に可能である。それは、理性が万人に備えられているからだ、というような哲学的な発想が生まれるわけもない。こういう意見の持ち主が大司教であり、原子力の倫理的問題についての連邦政府の委託に答える審議会のメンバーである。こうしたところに政治の質の違いを知らされる。  帰国後、四月一六日の朝日新聞夕刊に、メルケル首相が国内の原子力発電の運転期間を短くする法改正を行うとのべたことを報じ、彼女が記者会見で「われわれは皆、できる限り早く核エネルギーから脱却し、(風力などの)再生可能エネルギーへと乗り換えたいと考えている」と語ったと書いていた。  日本の政治も新聞も、今回の原発事故のはらむ社会倫理や哲学の問題を全く考えていない。一九四五年のアジア太平洋戦争敗戦の時と共通している。一億総懺悔して、みんなが被害者として悲しみあうだけなのだ。情けないことである。

Posted in *日本語 | Tagged , , , | Comments Off on ドイツの脱原発論に接して via正義と平和協議会