「私の初恋」 12歳だった彼は、原爆で死んだ 渡辺美佐子さんインタビュー詳報 via東京新聞

戦後75年の終戦の日の特集は、俳優の渡辺美佐子さん(87)のインタビューです。34年間、休むことなく、原爆や空襲で亡くなった子どもやその両親らの声を語り継ぐ朗読劇を続けた原動力には、幼いころ淡い心を抱き、原爆で死亡した少年への思いがありました。(聞き手=社会部長・杉谷剛)

◆「戦争って、人間らしさが全部奪われる 生きるのに必要なことが取られちゃう」

 ―広島の原爆で国民学校の同級生が亡くなったんですね。 私が東京・麻布の笄こうがい国民学校(現港区立笄小学校)3年の時、太平洋戦争が始まりました。5年の途中から、疎開で1学年に何百人もいた生徒が15人ぐらいになった。そしたら入ってきた子がいたんです。珍しいなと思って。小麦色の肌でね、歯が白くて。家に帰る方向が同じで、行き帰りもだいたい一緒。でも、そのころの小学生の男の子と女の子ね、絶対口きかないんです。「おはよう」とか「さよなら」の一言もない。目も合わせないですね。そしたら1年たたないうちに、いなくなっちゃったんですよ。どっか疎開したんだなって。

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 戦後50年のときに、長崎の原爆に使われたプルトニウムを作った工場がある米ハンフォードで、原爆詩の朗読をしました。その町の高校バスケ部のジャンパーの背中が全部キノコ雲なんですよ。震えました。世界で一番強い物は原爆で、僕たちは世界で一番強いチームになりたいから背負っているんだって。

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