(略)
米HBOの新作ドラマ『チェルノブイリ』の放送によって再び事故が注目を集めるなか、元清掃員のマイケル・フィシュキン氏が「未知の恐怖」と闘った自身の体験をイスラエル紙に語った。
真夜中の訪問者
──あなたはチェルノブイリの「清掃員」だったそうですが、清掃員とは何ですか?
マイケル・フィシュキン(以下、フィシュキン) 清掃員とは、1986年の原発事故の後にチェルノブイリを除染するために送られた人々です。汚染のひどさを把握したソ連政府は、できるだけすみやかにこの一件を終わらせたいと考えました。
ソ連体制下で最も安価に手に入ったもの、それは人間です。放射線防護を施した車両といった最先端の機器と違って、人間はタダで利用できます。それで、国民を事故現場へ送り込んで除染活動をさせたのです。
──そこである夜、あなたは連行されたのですね。当時、あなたは26歳ですでに医師でした。
フィシュキン 1986年の5月9日の深夜のことです(爆発事故は4月26日に起こった)。
その頃、私はウクライナのイヴァーノ=フランキーウシク州(チェルノブイリからは数百キロ離れている)にある小さな病院に勤めていて、低所得者向け集合住宅の一室に住んでいました。
午前3時ごろ、誰かが私の部屋をノックしました。集合住宅の住人の具合が悪くなり、医師の私を呼びに来たのだと思いました。ところがドアを開けると、見知らぬ男が2人立っていました。どちらも私服でした。相手が誰なのか見当もつかなかったので、病院で何かあったのかと訊ねました。
すると、「病院とは関係ない。3分以内に出発の準備をしてほしい。下でバスが待っているから」と言われました。(略)
──兵士でもなく、チェルノブイリから遠く離れたところに住んでいたあなたが、なぜ選ばれたのでしょう?
フィシュキン じつはその数日前に病院で、あるKGBの高官の治療をしたのです。彼から血液中にアルコールが検知されたことを報告しないでほしいと言われたのですが、私は断りました。それに腹を立てた男が、報復として「清掃員」のリストに私の名前を入れたそうです。後日、ある党幹部から聞きました。(略)
──ジギタリスですね。
フィシュキン そう、とても匂いの強い花です。私が屈みこんでその花を摘もうとすると、いきなり将校のひとりが「草木に触れてはいけない! 危険だから!」と叫びました。
「この草なら知っています。危険ではありませんよ」と私が答えると、その将校は「草は危険でなくても、そこに積もっている塵が有害なのだ」と言うのです。──それが真実を知るきっかけだったのですね。
フィシュキン 「どういうことですか?」と訊ねると、「ここの原子力発電所で爆発があって塵が飛散した」という答えが返ってきました。
ベラルーシに行くはずじゃないのかと問い詰めると、「君に説明する義務はない」と腹を立てて行ってしまいました。
その後、私たちは事故のあった原発の隣に設営されたキャンプへ連れて行かれ、何も触らないで命令を待つように言われたのです。(略)
ある夜、大きな壕を掘るように言われ、一晩中掘りました。翌朝になると清掃員全員が集合させられました。
民間人と兵士を合わせて6000人ほどいたでしょうか。そして、こう告げられたのです。
「諸君がここへやってきたのは原子力発電所で爆発があったからだ。諸君はもう二度と故郷へはもどれないかもしれない。
我々にも諸君をいつ解放できるかはわからない。諸君は祖国の防衛にあたっている。祖父や祖母たちが国を守るために戦争で死んでいったように、いまが君たちの責任を果たすときだ」と。(略)
ある日の任務で、私たちは近隣の村々を訪れて住宅を洗浄するように言われました。住宅の屋根から水をかけて洗い、汚染された水が周辺の地面に滴り落ちたら、土を引っくり返さなくてはなりませんでした。
──その一帯の住民はすでに退避した後だったのですね。
フィシュキン 第3次世界大戦が終わった後のようでした。大きな村で広い農場もあるのですが、人っ子ひとりいないんです。全員が逃げたあとで、家畜もすでに処分されてしまったあとでした。
体毛に放射性物質が付着しているという懸念から、犬もほとんど殺されていましたが、猫は自由にそこらをうろつき回っていました。なぜ犬は殺されて猫は殺されなかったのか、私にはわかりませんでした。(略)
──原子力発電所の内部に入ったのはいつのことですか?
フィシュキン 発電所に近い戸外で3週間ほど作業した後、すでに原発で作業をしていた兵士と交代で内部で働くことになりました。(略)
私たちの最初の仕事は除染作業でした。
爆発によって軽いものは空中に飛散して塵となりましたが、石炭や黒鉛などの重いものは多量の放射線を浴び、破片となって地上に落下しています。
そのため、初めの頃は除染作業に追われました。現場に大急ぎで駆けこみ、破片を拾い上げて特別の収納容器に投げ込むのです。【後編につづく】
後編:チェルノブイリの元“清掃員”「あの頃、命にも真実にも価値なんてなかった」(略)
──あちらにいた間はずっと放射線に曝されていたのですか?
フィシュキン はい、放射線のなかで食べ、眠り、呼吸していました。
最初の何週間かは作業の手順も決まっておらず、防疫施設が設けられたのは7月になってからです。原発から出てきたら必ずその施設を通って、汚染された服や靴を脱ぎ捨てるようになりました。そして、キャンプに入る前にもう一度身体を洗います。車両の場合も同じです。
でもその少し前まで、原発の中にいた人間の誰もがいたるところに塵を撒き散らしていたのですから、テント内部の放射線量は異常なものでした。キャンプの外よりはるかに高い値だったのです。(略)
フィシュキン 原発内での1日の作業時間は6分間でした。その間に、シャベルで土を引っくり返して逃げてくる。1日の作業はわずかそれだけでした。
その後はどこへ行っても構いませんが、私たちをキャンプへ送り届けてくれる車両は正午までやってきません。なるべく放射線に曝されないよう、私たちは地下2階にある食堂でバスを待ちました。
そこで、原発の職員や幹部と出会いました。ヴァレリー・レガソフとも(レガソフはチェルノブイリ原発事故の調査委員会の責任者を務めた科学者で、米HBO製作のテレビドラマ『チェルノブイリ』の主人公でもある)。
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