編集委員・副島英樹
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職員が嘔吐…「核の恐怖」を可視化
その名の通り、1986年4月26日に旧ソ連(現ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所で起きた20世紀最悪の原発事故をベースにしたドラマだ。事故対応にあたった核物理学者のレガソフ氏ら実在の人物を主人公に、当時の状況が生々しく再現される。チェルノブイリ原発の原子炉は、核分裂に伴って出る中性子を減速するのに水ではなく黒鉛(炭素)を使う黒鉛減速炉(RBMK)と呼ばれる。旧ソ連が独自に開発したもので、レガソフ氏はその専門家だった。
この事故では4号炉が動作実験中に制御不能となって爆発。炉心がむき出しになり、放射性物質をまき散らした。周辺住民は移住を強いられ、半径30キロ圏内が居住禁止区域に。事故処理には「克服」や「清算」とのニュアンスを込めて「リクビダートル」と呼ばれた作業員が投入され、ヘリから砂やホウ素、鉛を投下する消火作業などにあたった。ロシア政府は2000年、約86万人の作業員のうち5万5千人以上が死亡したと公表したが、放射線障害による犠牲者数をめぐっては大きな幅があり、今も定説はない。
第1話は、「ウソの代償とは?」という問いかけから始まる。それは、「本当に危険なのはウソを聞きすぎて真実を完全に見失うこと」という意味深な言葉へと続く。
現場で黒鉛の破片を手にした消防士が強烈な放射線で肉がただれ、原発職員が突然嘔吐(おうと)して崩れ落ちる場面などは、「核の恐怖」を可視化している。
しかし、このドラマの本質はさらに深いところにある。保身のための隠蔽(いんぺい)や責任転嫁、不都合な真実は見たくないという「あったことをなかったことにしよう」とする行為こそ、もたらす代償は計り知れないという教訓だ。その一端が、ドラマで何度も語られるセリフ「アンダーコントロール(制御下にある)」に表れている。2011年の東京電力福島第一原発事故後、日本でもよく耳にした言葉だ。
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重なる「チェルノブイリの祈り」
第1話の冒頭に消防士の夫婦が出てくる。事故が起きた日の午前1時23分。妻は窓越しに、原発から青白い光が上るのを目撃し、直後の震動に驚く。夫はまもなく作業員として現場へ出動する。この夫婦が、ノーベル文学賞作家スベトラーナ・アレクシエービッチ氏のドキュメンタリー「チェルノブイリの祈り 未来の物語」(岩波書店)の最初に出てくる消防士夫婦と同姓同名であることに気づいた。「チェルノブイリの祈り」を参照しているのは明らかだ。
ノーベル賞受賞翌年の2016年、アレクシエービッチ氏にインタビューしたことがある。住民避難が遅れた背景に何があったのか、彼女はこう語った。「原子炉の黒鉛は2日間燃え続けました。とても美しく燃えたと言います。通常の火災とは違う何らかの発光があったそうです。近くの村の住民たちは子どもを連れ、その光景を見に行きました。中には物理の先生もいました。原発の排水をためる貯水池では、子どもたちが魚を釣っていたのを今でも覚えています」
ドラマでも、粉雪のような死の灰が舞う中、住民たちが不思議な光を発する原発を見学するシーンがある。核被害への無知とともに、「原子力=パワーの象徴」という核ナショナリズムの裏返しであるように思えた。これも「チェルノブイリの祈り」に重なる。
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ロシアでも進む映画化
ロシアでもチェルノブイリ原発事故をテーマにした映画製作が進行中だ。7月にクランクアップし、来年秋に公開の予定という。プロデューサーはノーボスチ通信に対し、「HBOと比較されても気にしない」と語っている。視点も狙いも全く異なるからとの理由だ。映画はCIA(米中央情報局)とのスパイ戦のような形になるという。ここでも、チェルノブイリを巡って米ロが火花を散らしているといえそうだ。チェルノブイリ原発は事故後、放射能を封じ込めるためコンクリート製の「石棺」で覆われた。記者も30キロゾーンに入ってゲートで被曝(ひばく)線量の測定を受けたことがあるが、石棺の巨大さに圧倒された記憶は鮮明だ。その後は老朽化で放射能が漏れ出し、今は石棺ごとさらに巨大なシェルターに覆われ、風景は一変した。
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