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「チャレンジャー事故」と重なる…原発事故の実態が刑事裁判で判明 via Aeradot

 未曽有の被害をもたらした福島第一原発事故。東京電力旧経営陣の責任を問うた裁判で、「無罪」が言い渡された。ただ裁判では、事故調査委員会が明らかにできなかった事実も判明した。AERA 2019年10月7日号に掲載された記事を紹介する。

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 東京電力の勝俣恒久・元会長、武黒一郎・元副社長、武藤栄・元副社長の旧経営陣3人が、福島第一原子力発電所事故をめぐって業務上過失致死傷罪で強制起訴された刑事裁判で、東京地裁は9月19日、全員に無罪を言い渡した。

「津波予測はまだ信頼性が高くなかった」として無罪を導いた裁判所の論理は、ずいぶん雑で腑に落ちないものだったが、その結論は置くとしても、裁判の過程で驚くべき新事実が次々と掘り起こされ、刑事裁判の威力を見せつけられた。

 政府や国会の事故調査委員会は2012年までに報告書を公表していたものの、裁判が明かした事故の真相には、到底迫れていなかったからだ。

(略)

 東電社員、地震の研究者、原子力安全・保安院の役人ら21人が証言台に立ち、証言と並行して、関連する会合の議事録、電子メールなどの証拠類が、法廷に2台設置された65インチのディスプレーに次々と映し出された。これらは、数カ月後には民事裁判にも送られ、裁判所内で閲覧もできるようになったので、詳しく読み解くことも可能になった。

 私は国会事故調の協力調査員として報告書作成にもかかわり、その後も文書開示請求を使ったり、関係者にインタビューをしたりして、何年も取材を続けている。この分野には詳しいつもりだった。

 ところが、刑事裁判では、強制捜査の権限を持つ検察の情報収集力のすごさに圧倒された。知らないことが山のように出てきたのだ。

 驚いた事実の一つは、東電の技術者たちは、事故3年前の時点で「津波対策は不可避」という意見で一致していたことだ。

 技術者たちが「対策不可避」と判断したきっかけは、政府の地震調査研究推進本部(地震本部)の予測だ。岩手・宮城県沖で発生した明治三陸地震(1896年)と同じような津波が福島県沖でも起こりうるという予測を、地震本部が02年7月に発表していた。

 津波担当の社員は、この予測に基づくと福島第一の津波の高さは、敷地の高さ(10メートル)を大きく超える15.7メートルになることを08年3月までには計算し、対策着手を提言していた。しかし被告人の武藤氏は「研究しよう」と言っただけで、すぐには対策を始めなかった。そして経営陣は、09年6月に予定されていた対策締め切りを16年まで延ばし、事故当時まで結局、何もしていなかったのだ。

武藤氏が対策を保留にした08年7月の会合の様子について、検察官役の指定弁護士に問われた津波担当の社員は、こう証言した。

「それまでの状況から、予想していなかった結論に力が抜けた。(会合の)残り数分の部分は覚えていない」(18年4月、第5回公判)

 この裁判で、最も印象に残る場面だ。

(略)

シャトル事故の数カ月後の調査報告書には、技術者の実名入りで、そんなやりとりが記載されている。しかし日本では、事故から7年も経過して、刑事裁判でようやく明らかになった。(ジャーナリスト・添田孝史)

AERA 2019年10月7日号より抜粋

全文は「チャレンジャー事故」と重なる…原発事故の実態が刑事裁判で判明

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