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<福島 学びやの明日>進まぬ帰還 転校続々 via 河北新報

東京電力福島第1原発事故の影響を受けた福島県内の自治体で、小中学校再開に向けた動きが加速している。避難指示の解除は相次ぐが、子どもを取り巻く環境は大きく変化したままだ。地域の学びやを取り戻す道のりは遠く、険しい。事故発生から間もなく6年。教育再生の現状を探った。(福島第1原発事故取材班)

◎原発被災地の行方(上)選択

「古里で学ぶか」「避難先に転校するか」。地元での学校再開が、親子に厳しい選択を迫る。
福島県楢葉町は今春、町内での義務教育を始める。原発事故後、いわき市内に置いた仮設校舎で授業をしていた。
卒業を控えた中学3年を除く小中学生108人のうち、本校舎に通うと予想されるのは7割程度。残りの多くはいわき市内の学校に転校するとみられている。

<遠い存在>
いわきの仮設住宅に暮らす40代男性は「転出組」だ。進級に合わせ、長男を仮設近くの小学校に通わせることを決めた。
長男の希望は楢葉の本校舎。昨年の意向調査にも勝手にそう答えたと聞き、驚いた。だが、現状や今後の生活を考えると、望みをかなえるのは難しかった。
自宅は東日本大震災の津波で流された。町の避難指示は2015年9月に解除されたものの、当面故郷に戻る予定はない。
男性は「子どもは体が弱い。小児科など医療機関が充実しているいわきの方が安心できる」と話す。
楢葉町に限らず、福島の被災自治体は住民の避難先に仮設校舎を構えてきた。帰還していない世帯には、本校舎は遠い存在だ。
南相馬市小高区の40代女性は今春、小学生の子どもを転校させる。小高区の避難指示は昨年7月に解除され、市は今春、本校舎での授業を再開する。
仮設住宅のある相馬市から学校までは直線で30キロ以上。幹線道路は作業車が行き交い、朝夕の混雑が常態化している。
「スクールバスに乗るなら毎朝5時起き。帰宅も遅くなる。とても子どもの体力がもたない」。女性が諦め顔を見せた。

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