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「マンハッタン計画」に関わっていた女性科学者に話を聞きました。via FNN News

第2次世界大戦の終結から、2015年で70年を迎えます。日本に投下された原子爆弾は、当時、アメリカで秘密裏に行われていた「マンハッタン計画」で開 発されました。その計画に関わっていた女性科学者が、FNNのインタビューに応じ、計画の裏側や、後悔する思いなどについて語りました。

(略)

元研究者のノーマン・ブラウンさんは、「街を歩いていたら、人々が寄ってきて、『戦争を終わらせてくれてありがとう』と言ってくれた。原爆は、いい結果を生んだのかもしれないと感じた」と話した。
こうした声がある一方、原爆の開発を悔やむ元研究者もいる。
イザベラ・カールさん、93歳。
イザベラさんは「わたしは、博士号を取得してから、数カ月後に計画に加わった。23歳の時だった」と話した。
1943年、夫のジェロームさんが研究を行っていたシカゴ大学の特別施設に勧誘され、原爆に使われるプルトニウムの研究に携わることになった。
施設では、数百人の科学者が、研究に携わっていたが、女性はイザベラさんだけで、「マンハッタン計画」の全貌は知らされていなかったという。
イザベラさんは、「当時、ドイツがわれわれと同様の研究をしているという、深刻な憂慮があった。もし、ドイツが先に原爆を手に入れれば、ヨーロッパ全域が消滅すると考えられていた」と話した。
断片的な情報から、開発中の原爆は、ドイツに対して使用されると考えていたイザベラさん。
しかし、ドイツの降伏後に、日本に投下されたことを知らされた。
イザベラさんは、「『マンハッタン計画』の研究者は、わたしが知るかぎり、原爆投下が成功しないことを願っていた。原爆投下が成功したという事実に驚がくした」と話した。
戦後は、研究の功績を表彰されたが、原爆の開発に関わったことには、後悔の念を抱いている。
イザベラさんは、「とても申し訳なく感じた。原爆は、戦争とは関係のない、多くの人々を犠牲にした。原爆投下は、戦争終結に必要だったかもしれない。でも、はたして、2つも原爆を落とすべきだったのだろうか?」と話した。
イザベラさんは今、核兵器が2度と使われることのないよう、強く願っている。

全文と動画は「マンハッタン計画」に関わっていた女性科学者に話を聞きました。

 

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