米国、フランスに次ぎ、世界3番目の54基もの原発が林立する日本―。米国は、原子炉の燃料となる濃縮ウランの提供をテコにして、日本を危険極まりない“原発列島”に仕立て上げました。
「建前」が一変
この濃縮ウラン提供を取り決めたのが、日米原子力協定です。
最初の協定は、1955年11月調印の「日米原子力研究協定」です。「研究」用に米国が日本に濃縮ウランを最大で6キログラム(ウラン235の量)貸与することを定めました。
日本の原子力開発の動きは当初から米国の世界原子力戦略に呼応していましたが、建前上は「自主開発」が基本とされていました。
◇ その他日米原子力協定に関する記事:
・原発の源流と日米関係(6):核燃料サイクル計画/日本は施設の実験場