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映画『新地町の漁師たち』が描く「もう1つの福島」 – 寺島英弥 via BLOGOS

2011年3月11日の津波の後、がれきを残して集落が消えた福島県新地町釣師 (つるし)浜漁港。その朝の風景を、自転車に乗った撮影者のビデオカメラが写していく――。

こんなふうに始まるドキュメンタリー映画『新地町の漁師たち』の画面には、やがて岸壁に集った男たちの所在なげな姿が現れ、「どこから来たんだ?」と、撮影者に問いかけてくる。彼らの方言丸出しの語りから、漁船群を津波から守ったにもかかわらず、再び海に出せなくなってしまったという現実が紡ぎ出されていく。

炉心溶融、放射性物質拡散の大事故が起きた東京電力福島第1原子力発電所から北に約50キロ。新地町は避難指示区域からは遠く外れたが、思いもよらない状況が漁師たちを巻き込んだ。原発事故からひと月後、東電が原発構内から海に大量放出した汚染水が原因の漁の全面自粛(同県浜通りの全域)と、海の復興を執拗に阻み続けることになる「風評」だ。そんな苦境からの彼らの長き闘いを、映画は記録していく。

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山田監督は自由学園出身で、渋谷の「映画美学校」でドキュメンタリー作りを1年間学んだ後、「自由工房」に入って羽田澄子監督に師事。映画『遙かなるふるさと旅順・大連』の製作に演出助手で参加した。「ドキュメンタリーの自由さに惹かれた」と言うが、 作品の公開直前に起きた東日本大震災を契機に、自らで映画を撮ろうと志した。

しかし、 陸前高田、南三陸町、石巻、南相馬、飯舘村、双葉町など広大な被災地の中で、なぜ「知られざる被災地」の新地町を選んだか? この問いに、山田監督は福島在住の詩人、和合亮一さんの名を挙げた。

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福島第1原発近くの海から放射性物質を多く含んだ魚が揚がったという話題に、漁師たちは岸壁で、こんな会話も交わす。「海によどみがあって、放射性物質があるそうだ」「あれを見ると、生きてるうちに魚を捕れない」「夢も希望もない」「復興応援をもらっても、何にもならない」「これから一生、50年、100年掛かるか分からない」「大丈夫だ、生きていないから」。

これらの言葉は、ビデオカメラの存在を意識しない漁師たちの、ありのままの会話だ。マスメディアのようにマイクを向けてインタビューしたり、文字で要領よくまとめたりしたものでもない。当時の震災報道に強くにじんだ「他者目線」あるいは「東京目線」のニュースとはまるで異なる、浜の方言丸出しで語られる生の現実が砲弾のように、映画を観る者に降り注ぐ。言葉を変えれば、観客は漁師たちの立ち話の輪に居合わせるような感覚になる。

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「拍子抜け」に触発

双方にとって見えない「壁」の時間にも、転機が訪れる。山田監督にとってはそれが、2012年11月3 日に行われる予定だった、釣師浜の安波津野(あんばつの)神社と地元に伝わる「安波祭」だった。

「浜下り」という古くからの民俗行事が、福島県浜通りにある。里の暮らしを守る神は、春先に田に下りて豊作の神となり、秋には海に入って潮を浴び、力を再生して帰るという循環の物語を持つのだが、新地町の「安波祭」は、浜の人々が大漁と航海安全を祈願する神事だ。

地元で「あんばさま」と呼ばれる神社の神輿が集落を練り歩き、クライマックスでは漁師たちが神輿とともに海に入り、潮垢離(しおごり)をする。かつては毎年行われていたが、担ぎ手が少なくなり、今では5年に1度の祭りとなっていた。ちょうど2011年11月3日が「安波祭」開催の年になっていたが、「見に行こう」と釣師浜を再訪した山田監督は、拍子抜けする。「小野さんら漁師が神社にお参りして祈願をし、お神酒をいただいておしまいだった」。

250戸以上が立ち並んだ釣師浜などの集落は、ことごとく流され、住民は仮設住宅などに離散していた。生業である漁そのものに再開の見通しが立たず、「安波祭」は中止となったのだ。

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「釣りやパチンコに行って、昼寝をして……。時間を持てあましたような漁師たちに、なぜ前向きに生きられないのか? お金(補償金)をもらっているからか? と、初めは悲観的な見方をしていた」と、山田監督は述懐する。

しかし、気楽に見えた彼らの会話は衝撃的に響く。「昼寝するしかない」「頭がおかしくなる、人間おかしくなる」「人間、いろんな欲があるから働く。それが生きてる実感だべ」「欲しなくなったら、何が面白くて生きてる?」「漁業者に賠償金を払ってるからいいべ、とはならない。何もいいこともうれしいこともない」「のほほんとして、『きょうも1日終わった』という毎日の何が面白くて生きてるのか?」――。

山田監督は言う。

「試験操業の撮影を境に『この人たちは魚を獲るのが好きなのだ』『自分の体を張って生きている』『それらを奪う残酷さこそ原発事故の罪なのだ』と知った」

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これまで福島第1原発の汚染水の海洋流出事故がたびたび報じられ、東電や経済産業省 は、その謝罪と対策の説明会を地元で開いてきた。映画『新地町の漁師たち』には、2014年 3月に相馬市で開かれた東電の「地下水バイパス」計画(大量の地下水が原子炉建屋の汚染源に触れる前に井戸でくみ上げ放流する案)の説明会で、憤る小野さんの厳しい声を記録している。

「船方(漁船乗り)は風評被害が一番怖いです。また魚が売れなくなったら、どうするんですか? 誰が責任を取るんですか? これは我々の代の話じゃない。孫、ひ孫の代の福島県の海が汚されちゃったら、どうにもならない。海は除染できないんですよ」

全文は映画『新地町の漁師たち』が描く「もう1つの福島」 – 寺島英弥

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