『福島第一原発廃炉図鑑』 開沼博編via読売新聞

評・岡ノ谷一夫(生物心理学者・東京大教授)

事実を直視する勇気

 「生き残り罪悪感」という言葉がある。東日本大震災と福島第一原発(1F、いちえふ)の事故で直接の被害に遭わなかった日本人は(私もその一人だ)多少なりともこの罪悪感をもっている。この感覚は、災害そのものへの興味を抑制しようとする。つまり眼めを逸そらすことだ。震災後二年経たって仙台の友人を見舞った折、「理由が好奇心でも良いから、津波の被災地を見に行くべきだ」と諭された。私はしかし、その勇気を持つことができなかった。
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廃炉とは、汚染水対策、燃料の取り出し、解体・片付けが完了することである。25~35年かかるという。以上は技術的な定義である。編者自身は、「コミュニティーの再構築ができるまでは廃炉は完了ではない」という考えを持っており、本書はその立場をよく反映している。放射線とは何か?という基本的な事項から、各建屋の現状、汚染水対策の現状等が丁寧なイラストで描かれる。作業員の1日や心理学的健康、まちづくりも含めた復興への計画も説明される。1Fツアー、旅館、釣りスポットの情報もある。

 「生き残り罪悪感」は、生存者が危険地帯に入らないために進化の過程で人間の心に備わった防御システムなのかも知れない。しかし私たちは人間の意志として進化の縛りから自由になるべき時もある。この本はそのための第一歩になる。原発事故で生活基盤を失った方々は、本書の構成を不快と感じるかも知れない。一方、1Fに関わる感情的な部分を排し、事実を伝える役割に徹することで、私のような臆病な人々に1Fを直視する勇気を与えるかも知れない。

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