“福島の魔女狩り”に加担しないためには?「福島第一原発廃炉図鑑」開沼博さんに聞く via Huffington Post

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「百科全書は魔術語りに対抗して生まれた」

――“図鑑”と聞くと、子供向けの事典が思い浮かびますが、『福島第一原発廃炉図鑑』は400ページにも及んでいますね。

この本をつくるにあたり、まず浮かんだのは「図鑑」というタイトルでした。単に、絵や図表をたくさん盛り込みたいという理由からではなく、18世紀後半につくられた『エンサイクロペディア(百科全書)』の思想が頭にあったからです。

当時の社会は、産業革命や近代的な科学が急速に発達する一方で、旧来の既得権益・慣習や教会など宗教的権力による支配が強い状況にありました。それは「魔術」が支配する社会であったと言っても良い。どういうことかというと、天災が起きたり伝染病が流行ったりすると、「神の怒りによるたたりだ」とか「呪術師がこの現象を引き起こした」などの“魔術的ワード”が語られ、「ひたすら祈る」「生け贄を捧げる」「魔女狩りをする」などが対処方法として行われていました。

これに対して、『百科全書』をつくった人たちは、学術の力をもって魔術の力を「除霊」しようとした。社会のいたるところに遍在するようになっていた膨大で高度な科学的知見は、タコツボ的にバラバラに専門家の中でのみ流通していたので、普通の人には届かなかった。しかし、これを1カ所に集めて編集し、可能な限り誰でも手に取り理解できるようにした。そうすることで教会や慣習に都合のいい旧来型のやり方でことが進む実状を変えようとした。これが『百科全書』のコンセプトであり、本格的な近代化やいまは普通になっている「科学を前提とした社会」の構築にとって欠かせぬ事件だったわけです。

「科学を前提とした社会」とは、先の例に沿って分かりやすく言えば、「このウイルスが、こういう条件のもとで感染した」とか、「山火事が広がったのは、この部分の木を切っていなかったからだ」と科学的な解決をする社会のあり方です。これをもって、“魔術的な語り”をする人に、「今わかってきている科学的合理性に基づけばこう言える(あんたの言っていることはデタラメ)」と反論しようとし、また、対抗できる人を増やそうとしたんですね。

しかし、現代においても「魔術」は完全になくなったわけではない。オウム事件もスピリチュアルブームもその現れです。そして、福島第一原発の廃炉をめぐっても、「魔術的な語り」が溢れています。「がれきが散乱するぐちゃぐちゃの原子炉建屋」「稼働していない多核種除去設備(ALPS)」などの固定されたイメージのまま、科学的な根拠を抜きに自分の意見(オピニオン)だけを述べてみたり。さらには、「巨大な力が裏で働いて、情報を隠蔽している」「◯年後には人がバタバタ死に始める」といった、要は「あそこには魔女がいる」「呪いがある」と言っているのと同構造の魔術語りが溢れます。

魔術語りの背景には不安と無知がある。しかし、そんなデタラメが、被災地はもちろん広い範囲で、風評被害をはじめ、様々なかたちで弊害になっています。福島における「脱魔術化」を進めること。そして、廃炉というテーマで点在する情報を体系化し、知識の枠組みを示すこと。それが、この本をつくった理由です。

「いまでも何かあったら、福島第一原発は再び危機的な状況になりえると思うか?」に、どう答える?

――廃炉に関する状況は、東京電力や政府のほか、新聞やテレビでも頻繁に報じられています。しかし、あまりにも情報が多くて、ついていけない。だから、「もういいや」と諦めてしまう人も多いのではないでしょうか。

そうですね。3・11まわりを追っていると、「情報が隠蔽されている」「情報公開が進んでいない」という語りをよく聞きますが、起こっている事態の背景にあるのが全く逆のことであるのに気づいていない人も多いでしょう。

事態を混乱させているのは「情報不足」ではなく、明らかに「情報過多」です。福島第一原発やその周辺地域に関する情報を少しでも調べれば、ネットで公開されているだけでも膨大な書類、データが存在していることに気づきます。放射線の状況、働いている人の労働環境、周辺地域がいかに急速に変化し続けているのか。

ただ、私たちの多くはそんなことは知らない。調べたこともない。それなのに「情報が足りない」と言う。これは私たち「受け手/オーディエンス」が情報の洪水の中で溺れていることを示しています。溺れて必死にもがきながら「水をくれ」と叫んでいる。一方、情報の「送り手」たる東電や省庁側は「現状、知りうる情報は細かく全部ネットで公開しています」と言う。これでもかというぐらいに水を放出しているわけです。

一言で言えば、情報がいくらあるからと言って、それが知識として伝わるかは別だということです。見る側に伝わっていないなら、伝えたことにならないですよね。それらの情報を「送り手」と「受け手」の間にたって、第三者として整理することも、この本でやりたかったことです。

例えば、「いまでも何かあったら、福島第一原発は再び危機的な状況になりえると思うか?」という質問に、どんな情報をつかって、どう科学的に答えられるかを考えてみましょう。『福島第一原発廃炉図鑑』では、「廃炉を知るための15の数字」を挙げ、それぞれの数字を知ることで何がわかるかを紹介していますが、このなかの、「福島第一原発1〜3号器の原子炉を冷却するために、1時間あたり何㎡ほどの水が入れられているか」という数字がヒントになります。

 

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