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焦点:川内原発の再稼働待つ地元住民、暮らし再建へ不安と共存 via ロイター

しかし、原発稼働による「将来の不安」を地元住民が払しょくしたとは言い難い。「放射能があっても、絶対にここを離れたくない」──再稼働を待つ人々からは、原発とともに生きようという複雑な胸中も伝わってくる。

<「ポスト福島」のモデルケースに>

薩摩川内市のJR川内駅から車でおよそ30分、川内原発に通じる幹線道路では、建設作業員がアスファルトを敷き、非常用の緊急避難路の 拡張工事を進めている。多くの住民にとっては、原発再稼働の日が近づいていることを実感できる光景だ。30年近くにわたって地元経済を支えてきた原発の再 稼働が、刻一刻と近づいている。

福島第1原発事故に伴う安全審査が強化されるなか、川内原発では1号機・2号機の稼働は停止したままだ。原発関連の失業が話題になることも増え、町にはどこか沈滞した雰囲気が漂う。

地元の小山裕弥さん(28)は「自分としては経済、仕事の方が今は心配。福島の事故は本当にひどかった。テレビで見ていても日本じゃないようだった。どこかほかの国で起きたような映像だった」と語る。

小山さんだけではない。地元で支持を集めるのは原発推進派の岩切秀雄市長だ。岩切氏は、川内原発の早期再開を訴えて2012年に再選。凍結中の3号機増設計画も「白紙」とは認識していないという。

川内原発の1号機・2号機は原子力規制委員会の「優先審査」の対象に選ばれ、早ければ8月にも再稼働第1号となる可能性がある。推進派の間では、薩摩川内が福島後の原発再稼働のモデルケースになるとの期待が広がる。

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<稼働停止、地元経済に深い痛手>

一方の薩摩川内は、原発の受け入れに伴い、1974年以降、国から250億円以上の交付金を受領。交付金や原発絡みの税収は、地域の交 流センターや公園の建設、道路の修復などに充てられ、雇用創出にもつながってきた。岩切市長は川内原発について、「世界最高水準の規制基準」と言われる日 本で「少なくとも一番しっかりした発電所だ」と訴える。

薩摩川内市の人口は約10万人。バブル崩壊前からシャッター街が増え、原発作業員で賑わっていた旅館や民宿も、今は閑古鳥が鳴く。同市 ホテル旅館組合の福山大作組合長(ホテルオートリ代表取締役)によると、原発の定期点検の際は「ホテル、民宿ほとんど満室の状態が続いていた」が、 2011年以降、数軒の旅館・民宿が廃業に追い込まれた。

(略)

<触れられない話題>

川内原発に向けてなだらかな丘陵地帯を走ると、原発の数キロ手前に「原発反対」という看板が現れる。さらに進むと、今度は「原発のあるまちづくり推進」という看板が目に入った。

再稼働推進派は、原発に反対しているのは外から来た市民グループだと主張。一方の反原発派は、地元経済が原発に依存しているため、住民が本音を口にできないと訴える。

佐賀県の玄海原発の再稼働をめぐり国が2011年に開いた説明会では、九州電力の社員が一般市民を装って再稼働を支持する「やらせメール」を送った問題が国内メディアを騒がせた。

市議会議員の井上勝博氏(日本共産党)は、議会でわずか2人という反原発派の1人だ。再稼働に反対する井上氏は、毎週金曜日、地元の市民グループとともに九州電力の営業所前でプラカードを掲げて抗議活動を行っている。

「避難計画についてもみんな心配なんですよ。福島の現実をみんな見ているわけですから、ああなったらはもうおしまいだねという感じはありますよね」。

原発反対の主張が、家族や友人との関係に溝を作ることもある。「商売とか家族とか関連していると、大きく反対できないという人が多い」と井上氏は話す。

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