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原発が第二の人生奪った 田畑汚染、故郷で農業断念 via 中日新聞

事業に失敗し、二〇一一年秋からJR浜松駅周辺で路上生活を送る男性(68)がいる。福島県境に位置する宮城県南部の出身。親から継いだ田畑で米や果物 を育て第二の人生にかけるつもりだったが、福島第一原発がまき散らした放射性物質のせいでかなわなくなった。「あの原発を許せない」。二年目の3・11を 前に怒りは増すばかりだ。

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 三年前、実家を一人守っていた母が逝った。千坪の田畑と、男性がかつて父母、妻子と暮らした平屋の家が残った。借金はまだあったものの「一人だから作物を売れば何とかなる。いざとなれば田畑を売ろう」と帰郷を決め、仕事も辞めた。

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東日本大震災の発生はその直後だった。内陸に住む元妻や子の無事は確認できた。それに続く原発事故が、描いた余生を奪った。事故の二カ月後、帰郷したが「線量が高すぎた」。男性はわずかの所持金を持ち、昔、仕事で訪れた静岡県に来た。

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 それでも男性は父親として「死ぬ前に、田畑の名義を娘に変えてやりたい」と願う。近く伝えるつもりだ。「作物も作れず、売れもしない土地なんて迷 惑かもしれない。娘がいらないと言ったら、放棄して生活保護を受けます」。男性が路上生活を続けてきたのも田畑を放棄しない限り、生活保護は受けられない からだ。

男性は、最後に声を絞り出した。「あの原発だけは本当に頭に来る。たまに思う。誰も心配する人がいない俺が、東電の前で灯油かぶってやろうかって」

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