Tag Archives: 広島・長崎

被爆者データ 世界に貢献 via Yomiuri Online

◇放射線影響研究所70年 丹羽理事長に聞く  ◇がん発生仕組み 解明目指す  被爆者らの放射線影響調査に取り組む日米の共同研究機関「放射線影響研究所」(放影研、広島市南区)が、1947年に前身の「原爆傷害調査委員会(ABCC)」として設立されてから70年を迎えた。丹羽太貫にわおおつら理事長(73)にこれまでの歩みと、将来像を聞いた。(松田祐哉)  ――3月で70年を迎えた。  研究の柱は被爆者ら約12万人を対象にした「寿命調査」。生涯にわたる追跡でがんの発生率、死亡率などを調べてきた。被爆者の高齢化が進むなか、20~30年先に最後の方が亡くなったとき、放影研にとっては、様々なデータ収集の過程が終了する。それが見え始めたという意味で節目だと感じる。 (略) 一方、被爆者、2世の方々から拾い上げた放射線の健康影響の実態は世界的にも評価されており、世界の宝として利用されている。ネガティブなイメージから始まったが、70年を経て、世界に誇る科学ができている。  胸部エックス線やCT(コンピューター断層撮影法)など、放射線が医療で安全に使われているのは被爆者のデータを基にした放射線防護基準が世界中で機能しているから。被爆者らの長年の調査への協力に感謝し、そのことを多くの方に知っていただきたい。 (略) ――今後、どのような研究をしていくのか。  放影研は線量と放射線の健康への影響について科学的に明らかにしてきた。例えば、1グレイの放射線を浴びた被爆者はがんの発症率が約1・5倍になることが分かっているが、これはあくまで疫学的な調査。おそらく、放射線が遺伝子レベルで突然変異を生じさせるためだが、どのように作用してがんが発生するのか、そのメカニズムはまだ判明していないので、明らかにしていきたい。  1943年7月生まれ。京大理学部を卒業し、スタンフォード大大学院修了。広島大の原爆放射能医学研究所(現・原爆放射線医科学研究所)教授、京大放射線生物研究センター長、福島県立医科大特命教授などを歴任し、2015年6月に放影研の第7代理事長に就任した。 <グレイ> 体の組織など1キロ・グラム当たりに吸収される放射線量を示す単位。 全文は被爆者データ 世界に貢献

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原発事故、福島の現状を映画に 神戸で上映 via 神戸新聞

原発などをテーマにした映画「非核の港神戸から 聴く フクシマの声、それぞれの声」(三浦紘監督)が29日午後1時から、神戸市中央区下山手通2、中華会館で上映される。 兵庫機関紙宣伝センター(神戸市中央区)が製作。ストーリーは、東日本大震災に伴う東京電力福島第1原発事故で、関西に避難する家族への取材をもとにした。父は仕事で福島に残り、母と3人の子どもが神戸で生活する架空の家族をイラストで登場させる。 実際のインタビュー映像などを使い「国は子どもの命を守ってくれないのか」という母親たちの思いを伝える。また、神戸港に入る外国艦船に神戸市が非核証明書の提出を求める「非核神戸方式」にも触れるほか、広島の原爆被爆者の声を盛り込んだ。 (略) 上映会では、映画挿入曲のライブも行う。映画を収めたDVDを事前に購入(価格千円)した人は、入場料500円。当日1500円(DVD代込み)。日本機関紙協会兵庫県本部TEL078・232・3715 全文は原発事故、福島の現状を映画に 神戸で上映

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広島・原爆資料館 「被爆再現人形」25日に幕 via 毎日新聞

広島市の原爆資料館で40年以上、来館者にインパクトを与えてきた等身大の展示物「被爆再現人形」が今月25日を最後に、改装に伴う本館閉鎖で姿を消す。撤去は2013年に決まったが、来館者らから「被害が分かりやすいのに」と惜しむ声が上がり、賛否の意見がある。資料館は改装後、被爆者の遺品など実物資料の展示を重視する方針で「原爆で運命を変えられた人々の人生を浮かび上がらせたい」と強調している。【山田尚弘、竹下理子】   (略)  インドから訪れた女性は「実際はもっとひどいことが起きたはずだと子どもに伝えた。撤去は残念」と話す。広島県廿日市市の女子高校生は「小学4年の時に見て怖いというトラウマがあり、見られない」と顔を背けた。  人形づくりは、当時の山田節男市長がロンドンのろう人形館をヒントに提案。初代人形を置いた第4代館長の浜崎一治さん(88)=広島県呉市=は、被爆者治療をした医者を人形職人と訪ね、更に実際に被爆者が着ていたもんぺや防空ずきんを人形に着せた。浜崎さんは「職人は被爆直後の人の皮膚がどんな状態だったかに気を配り、微に入り細に入り熱意を持って再現を試みていた」と振り返る。  市は10年から展示更新について議論をしてきた。検討会議委員で広島県原爆被害者団体協議会理事長の坪井直(すなお)さん(91)は「被爆者から見れば(実相を反映しておらず)人形はおもちゃだ」と指摘。他にも「人形は実物ではなく事実でない」との意見もあり、撤去が決まった。  これに対し、「子どもが怖がるからといって撤去するのはおかしい」などの声がインターネット上で上がった。撤去の撤回を求める活動も起き、約1万人分の署名が広島市議会に提出された。呼びかけた同市佐伯区の会社員、勝部晶博さん(46)は「被爆者に近い人の意見を取り入れた人形は、今後作ることができず価値がある。撤去で展示に抜け落ちる部分がないのか、改装後に検証すべきだ」と訴える。  資料館は「怖いから撤去するというのは誤解」とし、ホームページ上で人形の写真公開を続けている。特別展などで展示する可能性もあるという。 全文は広島・原爆資料館 「被爆再現人形」25日に幕

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長崎)平和祈念館に元捕虜の調査論文を寄贈 森重昭氏 via 朝日新聞

 元捕虜の調査を続けている被爆者で歴史研究家の森重昭さん(80)=広島市=が15日、協力者でオーストラリア在住のアンドリュー・カーターさん(37)と長崎市の国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館を訪れ、長崎の原爆で被爆したオーストラリア人元捕虜の染色体を調査した論文(要約)の複写を寄贈した。 森さんによると、論文は「染色体異常」をテーマに書かれ、1977年にメルボルンにあるがん研究所の研究者が発表した。第2次世界大戦中に捕虜になり、長崎市幸町の福岡俘虜(ふりょ)収容所第14分所で被爆した24人のオーストラリア人のうち17人を被爆後約30年経った74~75年にかけて調査した記録が残っているという。広島市の放射線影響研究所(放影研)の博士から先月森さんが入手した。祈念館は、館内での展示を検討しているという。 森さんは、17人の元捕虜の染色体に、切断するなどの損傷が見られることが書かれていると指摘し、「被爆者に染色体異常が見られることを示した研究結果」と説明し、「二度と核戦争が起こらないよう強く願いながら持ってきた。公開して将来の研究に役立ててもらえれば」と話した。 (略) 祈念館に登録されている計18人の元捕虜の氏名・遺影のうち、森さんは英国、オランダ、オーストラリアの元捕虜14人の登録に関わっている。 全文は長崎)平和祈念館に元捕虜の調査論文を寄贈 森重昭氏 

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『この世界の片隅に』と凶器としての「普通」via messy

(抜粋) 広島、ほのめかしと省略 次に、「広島」について。まずことわっておくと私は広島出身者ではありません。だから恐らくよくわかっていないことは沢山あります。ただ、数年間広島に住んでいたので、広島県の「外」と「内」とで、どのくらい戦争や原爆といったことへの感覚が違うかを思い知らされたことはあります。 そこで思ったのは、本作において、広島の描き方はこれでよかったのだろうか、ということです。率直に言えば、この内容を語るのに、ここまで砂糖をまぶさないといけなかったのか? という気持がしてしまったのです。 すずは広島市の出身なのですが、呉市に嫁いだだめ原爆は免れます(実家の家族は犠牲になり、妹は生き残るが原爆症の兆候を示しています)。ただ、すずは呉で不発弾の犠牲となり、一緒にいた義姉の子、晴美と自分の右手とを一気に失います。このシーンは白眉であり、演出も素晴らしい。光で白くなり、あの時反対側にいたら、あの場所を通るタイミングが少しでも違っていたら……と、モノローグが流れます(原作の漫画をほぼ踏襲した描写でもあります)。 だが、感動と衝撃の中にも私はつい思ってしまいました。 「何故この映画は、原爆体験の繰り返しのような独白を、呉で負傷した広島出身のヒロインに語らせたのだろう。何故、そのような『ずらし』をしてまで、広島の原爆についての直接描写を避けたのだろう」 本作において「広島の原爆が省略されすぎていないか」という批判は既になされています。それに対し、「いや、ちゃんと描かれている。あのシーンの右端に、広島から逃げてきた人達が描かれている」「終わりのシーンで広島の街も無残な死に方をした人も出てくる。作者はちゃんと描いている」等々の指摘がすぐに飛んでくることも承知しています。確かに、「注意すれば」ちゃんと見つけられるくらいの要素としては描かれているのです。 (注2:最も印象に残ったのは次のまとめ記事。津原泰水さんの「『この世界の片隅に』で省略されていることについて語らない人々」 https://togetter.com/li/1058056) ですが、私が改めて問いたいのは、本作の制作陣が「一体誰のために、そこまで『まわりくどい表現をすること』にこだわる必要があったのか?」ということです。 そして、だいたいの答えを私は推測できる気がしています。それは、原作者があまりにもよく「広島で原爆について語る事」の意味を知っていたから、そして同時に、日本の大半の人々があまりにも広島について無知であることをも知っていたからではないでしょうか。 広島では、既に数多くの原爆についての文学作品や漫画などがあり、しかも人々は教育を通じて子どもの頃からそれらに触れて育ちます。更に言えば、戦後70年の間には広島の中で「どのように原爆を語るか」をめぐり激しい論争(主に文学において)を体験しています。原爆をリアルに書けば左からは「戦争責任を忘れて被害者ぶっている」といわれ、右からは「原爆は悲惨、平和は大事なんて聞き飽きた」との声が飛んでくるという困難。既にあらゆる表現が出尽くして、苦い亀裂を体験している人々の中には、ほのめかす程度の僅かな表現があればそれでわかるからよい、という気持を持つ人もいるでしょう。 また、歴史的背景を考慮すれば、間接的に、韜晦(とうかい)表現でもって広島を語るにあたり、呉を舞台に選ぶことは適切ともいえます。何故なら呉はある意味で、広島とは双子の都市であったからです。戦後、米軍は原爆の被害を知るため、人口規模の似た同市を比較参照都市としていました。どういうことかというと、本来同じ条件にあったはずの両都市の間で、寿命や疾病率に違いがあるかを調べたのです(この時のデータは今でも放射線防護学の基礎として使われています)。このことも恐らく当地ではよく知られているでしょう。 他方で、広島の外の人々は、残念ながら、恥ずかしいほどに何も知りません。『はだしのゲン』ですら、実は現実に起きたことよりも和らげてあるのですが、そうした認識すら持てない人が増えています。そのため、リアルな描写にはしばしばついていけないし、悪いことには、「知らなかったこと」の自責の念から逃げるため、目を背けるようなことすらあります。こうした人にとって本作のような語り口は実に「心地よく感情移入できる」ものかもしれない。ですが、それでいいのでしょうか。 この作品は後者に属する人々に対して過度に優しい、と私は思います。そうあることで、意図してかはわからないけれど、ある種のメッセージを伝えてしまっていると感じます。「もちろん戦争の残酷さはわかってるんです。でも、声高に主張することないでしょう。普通でいいじゃないですか、それが大事なんです」という、ある種の立場、いうなればイデオロギーを。 意地悪な見方かもしれませんが、この「声高に主張しない」は、実は人並み優れた部分を持ちながら、「平凡=普通」に埋もれようとするすずの生き様にも共通する要素であるため、余計にそういう印象を与えます。いわば、水原の盗作を許容できる「おおらかな」すずのまなざしを通して、私たちは戦争を眺めることを強いられている。そして、広島はその視界の中で奇妙に断片的で、見えづらいものとなっているのです。 それは彼女に自らの母や祖母を重ねて感情移入できる人にとっては、些細な問題であるかも知れません。だがそうでない私のような者にとっては違和感の連続でした。これでいいのか、という疑問がわいてくるし、視界の一部を塞がれることで喜べ、平凡な日常に埋没し、余計な事を話すな、と言われているような気持になってくるからです。 どうしてあの戦争から70年も経って、ここまで砂糖の衣でくるんだような表現(もちろんその中身はちゃんとした材料を詰め込んであるのですが)でなければいけないのか。何故、それに皆ここまで喜ぶのか。今一度、真剣に考えてみるのがよいと思います。 全文は『この世界の片隅に』と凶器としての「普通」

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日本の席に折り鶴=核禁止条約交渉 via 時事通信

【ニューヨーク時事】国連本部で開催中の核兵器を禁止する条約制定交渉会議で、不参加のため空席となった日本の席に28日、白い折り鶴1羽が置かれた。置いたのはNGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」のテア・カトリン・ミエルスタッドさんら。今回の交渉に貢献した国に平和の象徴である折り鶴を贈る活動だが、日本の場合「『参加してほしい』という意味を込めた」という。 全文と写真は 日本の席に折り鶴=核禁止条約交渉

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日本の交渉不参加、被爆者「裏切られた」 核禁止条約 via 朝日新聞

米ニューヨークの国連本部で開かれている「核兵器禁止条約」の交渉会議で28日、カナダ在住の被爆者、サーロー節子さん(85)が演説し、日本の交渉不参加を痛烈に批判した。「自国に裏切られ、見捨てられ続けたという被爆者の思いを深めた」と述べ、参加国に対し、核兵器を違法化する条約の制定を求めた。 サーローさんは「広島に人々を招くことで、核軍縮で重要な役割を果たしていると日本政府は言うが、米国の『核の傘』に入り続けるのなら、空っぽでごまかしの行動だ」と非難した。 13歳で被爆したサーローさんは「広島を思い出すとき、認識不能なまでに黒ずみ、膨らみ、溶けた肉体の塊となり、死が苦しみから解放してくれるまでの間、消え入る声で水を求めていた、4歳だったおいの姿が脳裏に最初によみがえる」と証言。人類は二度と核兵器の苦しみを体験するべきでないとの確信から、生存者たちは核廃絶の運動を続けてきたと説明した。 さらに、各国の外交官に「将来世代だけでなく、広島や長崎の犠牲者の支持も感じながら」交渉に当たって欲しいと呼び掛け、核兵器の違法性の国際基準が確立されることを期待した。 全文は 日本の交渉不参加、被爆者「裏切られた」 核禁止条約 スピーチの映像 被爆者が日本政府批判 核兵器禁止条約会議 via Yahoo! Japan ニュース 当サイト関連記事 核禁止交渉、日本不参加 岸田外相「対立招く」via 中国新聞

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核禁止交渉、日本不参加 岸田外相「対立招く」via 中国新聞

「核兵器禁止条約」の制定に向け、米ニューヨークの国連本部で27日(日本時間同日深夜)に始まった会議で、条約を推進するオーストリアなどの非核保有国からは、核兵器の非人道性を理由に、法的に禁止する必要性を訴える意見が相次いだ。 政府代表による演説で、日本の高見沢将林軍縮大使は、禁止条約は安全保障問題の解決に結び付かないと主張。一方、オーストリアは「広島、長崎の画像を見て、被爆者の声を聞いた。法的禁止を定めた上で保有国と共に核兵器を廃絶しよう」と強調。メキシコは各地にある非核兵器地帯を念頭に「核兵器のない世界は夢ではない」と訴えた。 会議の議長にホワイト駐ジュネーブ国際機関代表部大使を送り出した中米コスタリカのゴンザレス外相は、国際社会が条約で生物兵器や化学兵器を禁止してきた点を挙げ「禁じられた兵器がその後途絶えることは、歴史が示している」と指摘。保有国の不参加を意識しつつも「重要なのは、私たちがここに集まったことと最初の一歩を踏み出すことだ」と述べた。 初日は約0人が演説。2日目となる28日以降、最終日の31日まで条約の全文・目的や禁止条項を順次取り上げ、意見を交わす。 政府は28日、米ニューヨークの国連本部で開かれている「核兵器禁止条約」の制定交渉会議への不参加を表明した。岸田文雄外相は「核兵器のない世界に資さないのみならず、核兵器保有国と非保有国の対立を一層深め、逆効果になりかねない」と説明。核兵器を禁止し、全敗するための発の条約交渉に、被爆国が加わらない事態となった。 (略) 岸田氏は首相官邸で記者団に対し「日本として主張を述べたが、会議には保有国の出席は一国もなかった。交渉には参加しないことにした」と説明。広島、長崎の両被爆地から繰り返し交渉参加を要請されていただけに「被爆者の方々の思いは貴重で重たい」と述べつつも、「政府として現実的な結果を出すためにはどうあるべきか真剣に検討した」と理解を求めた。 全文は核禁止交渉、日本不参加 岸田外相「対立招く」

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肥田舜太郎さん100歳=広島原爆で被爆の医師 via 毎日新聞

 広島原爆で被爆し、医師として被爆者医療に尽力した肥田舜太郎(ひだ・しゅんたろう)さんが20日、肺炎のため亡くなった。100歳。葬儀は26日午前10時半、さいたま市浦和区瀬ケ崎3の16の10のさがみ典礼北浦和葬斎センターで営まれる。喪主は元全日本民医連会長の長男泰(ゆたか)さん。 軍医として広島陸軍病院在勤中の1945年8月6日に被爆し、直後から被災者救護にあたった。戦後、東京や埼玉で低所得者向けの診療所を開設し被爆者を診察。30年にわたって日本被団協原爆被爆者中央相談所(既に解散)の理事長を務め、全国の被爆者への医療相談に取り組んだ。医師の立場から原爆被害の実態を伝えるため、欧米など海外約30カ国も訪問。各国の反核団体と連携して核兵器廃絶を訴えた。  2000年代の原爆症認定集団訴訟では証人として出廷し、長年の臨床経験と海外の文献研究を基に証言。原爆投下後に広島・長崎に入った「入市被爆者」が、飛散した放射性物質を呼吸や飲食で体内に摂取し、「内部被ばく」を起こしてがんなどの原因になったと訴えた。国の認定手法の問題点を突き、原告勝訴の判決を引き出す力になった。 続きは肥田舜太郎さん100歳=広島原爆で被爆の医師

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『ホンマでっか!?TV』の武田邦彦、濃縮ウランの研究者から"反原発"になった理由 via Rolling Stone

『ホンマでっか!?TV』の武田邦彦は、濃縮ウランの研究者で、かつては原子力ムラのエリートだった。そんな武田が"反原発"になった理由は何っだったのか。 連載|SAVE HUMANITY:武田邦彦 工学博士/中部大学総合工学研究所特任教授 武田邦彦といえば、『ホンマでっか!?TV』での歯に衣着せぬ発言を連発する姿を思い浮かべる人が多いだろう。彼は濃縮ウランの研究者で、かつては原子力ムラのエリートだった。そんな武田が"反原発"になった理由は何っだったのか。内閣府原子力委員会および安全委員会の専門委員をも務めた男の、核心的な原子力論とは。 ―武田さんは元々、濃縮ウランの研究をなさっていたんですよね? そうですね。原発の原料を研究していたっていうことです。1990年には日本原子力学会特賞も獲って、待遇も良かったんですが、45歳の時に原子力ムラの嘘が嫌で辞めました。嘘というのは、原子力は危険なのに、安全だと思わせるための嘘です。それでも、私はその後、原子力委員会や原子力安全委員会の専門員をやったりしてきました。それは、そうした委員会の上のほうにはちゃんと原子力が危険だと思っている人もいて、そういう人たちが"武田みたいな原子力に批判的なヤツも使わなきゃいけない"って後ろ盾をしてくれたらからです。ですが、事故以降はそういう人がいなくなり、完全な裏切り者扱いで声もかかりませんけどね(苦笑)。 ―原子力は危険だとおっしゃいましたが、具体的に言うと? 簡単に言えば、原子炉を止めることができないということです。福島の事故が起こった時、NHKは"原子炉は止まりました"って言っていましたが、実際は走り続けたわけです。だから冷やさなければいけなかった。それで、今も8億ベクレルも毎日放射性物質が出ているんです。もっと言えば、止まってないから福島は爆発したんですから。 ―確かに。 もう一つ、原子力には解決せざるべき欠陥があります。それは、人間がどのくらいの放射線を浴びたらどうなるかがわからないということです。特に、被ばくした人の子供がどんな影響を受けるかが明らかじゃないんです。だからといって、それがわかるまで原発をやらないとなると、100年〜200年は稼働できない。専門家同士の国際会議でも"放射能による子孫への影響はある"という前提で議論しているんですが、一般市民には子孫への影響については言わないことになっているんです。 (略) みんなそうです。武士の魂がなくなっちゃったんですね。だけど、しょうがないなと思うんです。原発の所長さんに会ってご飯を食べることもあるんですが、彼らはみんなサラリーマンなんですよ。サラリーマンが原発の所長をしていてはいけないんです。僕はウラン濃縮研究所にいたんですけど、そこでもしょっちゅう問題は起こっていました。例えば、研究所の従業員がウランを濃縮する濃縮塔の上から落ちたことがあった。そしたら誰かが、"救急車を呼びましょうか?"って聞いてきた。救急車を呼んだら翌日の新聞には"ウラン濃縮研究所で事故!"と、ウランの中に人が落ちたような記事が出てしまう。そう思うと、普通のサラリーマンだったらタクシーで運びますよ。そして親しくしている医者に連れて行けばマル秘で終わる。だけど僕は"救急車を呼べ"と言ったんです。僕らは市民のために研究しているのですから。これは格好つけているわけじゃなく、僕の考えなだけです。 (略) ―では、福一の事故の健康への影響をどんな風に捉えていますか?ここにも嘘が潜んでいるんだとは思いますが……。 事故に関しては2号機が爆発しなかったので、軽度で済みましたが、放出した放射性物質がすごく多い。広島原爆とよく対比されますが、僕は200倍と言っています。量にして100京ベクレルです。これは、頭の上に降ってきたら日本人全員が16回死ぬ量です。不幸中の幸いだったのが、福島原発は太平洋側にあったということです。そしてあの時、西風だったから9割は海のほうへ行った。あれが新潟の原発だったら大変なことになっていたと思います。 ―ええ。健康への影響はどんなふうに? 放射線の被ばくによる害は、主に2つあります。致命的ガンと重篤な遺伝性疾患。遺伝性疾患です。ガンの場合、潜伏期間が5年から20年なので、今の段階ではわからないのが当たり前なんです。ああいう事故では、即死しませんから。ガンの場合、潜伏期間20年だと5歳で被ばくしたら、25歳くらいからガンが出る。チェルノブイリでは随分そうした事例がありました。 ―福島でも小児甲状腺がんは既に増えていると言われていますが、その実態は? 小児甲状腺がんの発生率は普通10万人に3人くらいですが、今の福島では10万人で150人を超している。発症率で言えば通常の50倍くらいです。と、ここまでは言えますが、まだ潜伏期間を過ぎてないので、あとはわからないんです。今わかっていることは一つしかない。国立がん研究センターの見解によれば、原発事故前の被ばくの限度=1年1ミリシーベルトの被ばくで交通事故と死亡数がほとんど同じ、数で言うと10万人あたり6.6人が死ぬということです。 ―ということは、年間100~250ミリシーベルトの基準で働く福島の原発作業員は、被ばくの影響が出る可能性は高いと? ええ。実際にけっこう亡くなっているのではないかと思います。被ばく線量に比例して影響が出ますからね。1年1ミリシーベルトだったら交通事故くらい。100ミリシーベルトならその100倍か、成人男子だったらそれを5で割るくらいになります。しかも作業員は防護服を着ていると言いますが、あれは何も防護していません。放射線は鉛じゃないと防護できないのに、彼らが着ている防護服はペラペラのプラスチック製なんですから。放射能を含んだ粉が付かないようにする"チリ付着防止服"でしかないんですよ。放射性物質を付けて家の中へ入ることは防いではいますが、それ以上の意味はありません。 (略) ―そして、その原発は日本が核武装する可能性を示唆したものであり、原発というかたちであれ核を保有することが他国からの攻撃の抑止力になっているという理論も原発推進派にはありますが、武田さんはそこも否定していますよね。 核はいらないです。今の時代で日本に核攻撃してくる国なんてありませんから。僕は思想的には右翼で、靖国神社の講演会の最高人数記録を持っているような人間なんです。だけど、僕は今の憲法を支持しています。今の憲法には自衛をしちゃダメだとは書いてないわけだから、自衛はすればいいんです。それで、世界各国が全部自衛したら戦争は起こらないですからね。そもそも、万が一他国が攻撃してきたとしても、日本はもう少し軍事予算を増やせば迎撃できる技術は十分備えられますから。だから、日本が核武装する必要はないいと思っています。 全文は『ホンマでっか!?TV』の武田邦彦、濃縮ウランの研究者から"反原発"になった理由

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