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<東海第二原発 再考再稼働>(27)周辺開発 村は見直しを 茨城大名誉教授・乾康代さん(67) via東京新聞

三月十八日、水戸地裁の建物から原告団の弁護士らが飛び出して「勝訴」の旗を広げたのを見て、胸が震えた。日本原子力発電東海第二原発(東海村)で事故があれば、周辺に住む九十四万人が避難することはそもそも無理だろう、だから再稼働してはいけない−という判断は至極まっとうだ。 東海村は、村民が再稼働問題などを話し合う「自分ごと化会議」を開催しているが、山田修村長自身がこの判決を「自分ごと化」しなければならない。原発周辺の開発規制を緩め、住宅地をどんどん作ってきた責任が村にはある。

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原子力委員会が一九六四年に制定した「原子炉立地審査指針」は、原発を建設する前提として、周辺は「非居住区域」、その外側は「低密度人口区域」であることを求めている。東海第二と同じ敷地にある東海原発(六〇年着工、廃炉中)は、指針制定前に見切り発車で立地が認められたが、東海第二の立地は指針に基づいたものだ。 だが、原発からどれくらい離れたところまでが「非居住区域」「低密度人口区域」なのかは定義されず、一度審査を通れば、その後にどんなに周辺人口が増えても放置されてきた。指針は原発推進機関である原子力委の「内規」にすぎず、一度も改訂されることなく形骸化していった。 東海・東海第二原発周辺の人口増加を食い止めるには、村(六八年の新都市計画法施行前は県)が「非居住区域」「低密度人口区域」を維持するような都市計画を立てるべきだった。だが、村では急速に集積が進んだ原子力関連施設や日立製作所関係の住宅需要が拡大。強い開発推進圧力の中、まともな規制は一切してこなかった。 その結果が現在の「三十キロ圏内の人口九十四万人」だ。都市計画規制なき原発立地は「東海モデル」として全国に広まった。 東京電力福島第一原発事故後に施行された新規制基準も、既存原発を立地審査の対象とはしなかった。あらためて審査すれば、国内の全ての原発が廃炉に追い込まれたからだろう。 水戸地裁判決は立地審査指針にも言及しているが、原子力規制委員会が立地審査を採用していないことに関しては「疑問がある」と述べるにとどめた。有名無実化している指針について、もっと厳しく指摘しても良かったのではないか。 もちろん、東海第二周辺の家を今すぐ壊して村民に引っ越してもらうことなどできない。だが東海村には、開発規制を怠った結果、原発周辺の村民を事故のリスクにさらしている責任がある。今後は、空き家や空き地が出たらそこにはもう住めないようにして、少しずつでも原発敷地から住宅地をセットバック(後退)させていくことを考えるべきだ。 山田村長はまずひとこと、「開発のあり方を見直す」と言ってほしい。それが水戸地裁判決を「自分ごと化」する第一歩になる。 (聞き手・宮尾幹成)<いぬい・やすよ> 1953年、奈良県生駒市生まれ。大阪市立大大学院で博士取得。2001〜19年に茨城大教育学部助教授、准教授、教授を務めた。専門は住居計画、都市計画。新建築家技術者集団代表幹事。単著に「原発都市 歪(ゆが)められた都市開発の未来」、共著に「原発『廃炉』地域ハンドブック」など。水戸市在住。

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