広島で被爆者医療に30年以上携わった福島市の内科医、斎藤紀(おさむ)さん(71)が、東京電力福島第1原発事故による放射線被ばくへの不安と向き合う住民のために講演活動を続けている。事故から8年が経過しても不安が消えない被災者がいる一方、各地で原発が再稼働している現状について「電力会社や国は事故に向き合っていない」と憤る。
広島市内の総合病院で血液内科医として勤務し、被爆者を診察してきた。1986年に旧ソ連で起きたチェルノブイリ原発事故後には原水爆禁止日本協議会(原水協)の活動の一環として現地調査もした。定年退職後の2009年から大学時代を過ごした福島市に戻り医療生協わたり病院に勤務。そして11年にあの日が訪れた。
原発から約60キロ離れた福島市では、放射線量が高い地点「ホットスポット」が点在。子供の健康への影響などに対する不安がわきあがり、古里から自主避難する人も相次いだ。広島で被爆者に寄り添った経験から、こうした福島の人々の心情は痛いほど分かった。
何とか被災者の役に立てないかと考えていたところ、福島市からの依頼もあって事故翌年の12年から市内で講演活動を始めた。放射線の基礎知識や広島の被爆者の状況、福島の放射線量など科学的なデータについて説明。最初の年は20回近く講演会を開いて市民ら約650人が参加。ここ数年も年4回程度の開催を続けている。
福島でも広島での被爆医療で感じたように遺伝に対する不安が尽きない。「被災者は一緒に歩いてくれる人を求めている。私も共に歩き続けたい」と今後もできる限り講演を続けるつもりだ。一方、各地で原発の再稼働が進むことに「事故が起きた際の避難計画の実効性も考えないまま再稼働を認めている」と憂慮し、脱原発の時代が訪れるのを望んでいる。【関東晋慈】