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「触るな、避難民が」出身隠した22歳、再び原発を語る via 朝日新聞

原発事故の後、人の目が怖く、避難者であることをずっと隠してきた。ひどい差別も経験した。あれからもうすぐ8年。今も全町避難が続く福島県大熊町出身の大学4年三瓶(さんぺい)綾香さん(22)は、本当の自分を語る決心をした。

「道を尋ねても『触るな。避難民が』と言われ、すごく悲しかったです」

1月下旬、東京都渋谷区のホールで、大熊町の人々が町の歴史や避難生活を伝えるイベントが開かれた。三瓶さんはスクリーンに映し出される15枚の絵にあわせ、約300人を前に自身の体験を語っった。地震が起き、東京電力福島第一原発がある大熊町から、福島県会津地方に避難するまでの1カ月を描いた「紙芝居」だ。

(略)

大熊町内の体育館に避難すると、翌朝には原発が危ないと言われ、50キロ以上離れた別の町の体育館に逃げた。

食料を買おうとスーパーへ歩く途中、道路脇の民家の庭にいたおばさんが「大変だったね」と食事を容器に詰めてくれた。帰り道では通りがかりのおじさんが軽トラックの荷台に乗せて送ってくれた。

しかし、数日後、親戚を頼って行った東京は違った。切符売り場で、スーツ姿の中年男性に電車の乗り継ぎを尋ねた。大きな荷物や汚れた服を横目で見られ、「触るな」と吐き捨てられた。

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でも、語るつもりはなかった。千葉県の大学に通うようになり「福島出身です」と言うと、ほとんどの人から「放射線は大丈夫?」と聞かれた。「放射能がうつる」と避難先でいじめられた友人もいた。出身は会津若松市ということにして、「原発事故はあまり関係なかった」とうそをついた。相手が納得すると、「いじめられない」と安心する自分がいた。

ただ、紙芝居に誘われた頃、220人以上が亡くなった西日本豪雨があった。大学で薬剤師を目指すのも、震災を機に「人を助ける仕事をしたい」と思ったからだ。1週間悩み、「伝えることが宿命なのかな」と出演を決めた

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東京での公演まで1週間となった1月中旬。大学の休み時間、教室にいた友達3人に「もうすぐ、3・11が近いけど覚えている?」と明るく声を掛けた。

関心が低ければ、それ以上話すのをやめようと思っていた。「東日本だよね。もちろん覚えているよ」。ほっとした。そして、原発事故から避難したことを打ち明けた。

東京での公演が終わった2月中旬。大学近くの花屋に寄った。店員から「出身、どこですか?」と聞かれた。自然と言葉が出てきた。「福島です。大熊町なんです」(石塚大樹)


全文は「触るな、避難民が」出身隠した22歳、再び原発を語る

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