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原発の危険性は誰にでも分かること!だから私は止めた!via 明日に向けて

しかし多くの司法家がまだまだ専門性に縛られている(樋口英明元福井地裁裁判長)

2月23日に行われた樋口英明さんの講演と囲む会でのお話の報告の最後に他の裁判官はなぜ原発を止めようとしないのか、止められないのか、また原告側もしばしば陥っている裁判上のあやまりについて報告したいと思います。
これは目から鱗の落ちる内容でした!ぜひ原発をめぐる裁判に関わっている司法家の方にもお読みいただきたいです。

● たくさんの難しい論点を出すのはダメ!

前2回の連載を通して、原発は耐震性があまりに弱いこと。ハウスメーカーの作る家にはるかに及ばないこと。だから巨大地震ではなく通常の地震でも直下で起こったら簡単に壊れてしまうこと。ゆえにすぐに止めなければならないことをみてきました。
にもかかわらず裁判では原発の安全性に関する議論は専門性が高いと誤解されており、裁判官が呪縛されてしまっているのだそうです。いやそればかりか原発を止めようとする原告側弁護団もときにこの呪縛にはまっていると樋口さんは話されました。
このため裁判では本来、このシンプルな事実が争点になるべきなのに、原告側もたくさんのことを言いすぎだと樋口さんは指摘されました。

例えば大飯原発差止訴訟では原告側から津波やテロの問題、また原発の構造上の欠陥などが出されたそうです。地震についても上述のような重要な点にはあまり触れずに強振動予測における幾つかの学説が出されたといいます。
しかし樋口さんは原発という極めて大きな被害をもたらすものの設計基準に「これ以上の地震は来ません」などと書かれていることが致命的間違いなのだと指摘されました。
そもそも強振動予測などの地震学は「三重苦」と言われるのだそうです。「観察できない、実験できない、資料がない」から三重苦なのだとか。そもそも正確に測りだせたのは1995年以降。資料の蓄積すらまだないのです。[…]

● 裁判官に学説論争を提示しても能力を超えてしまう

樋口さんは、そもそも学術論争でいくとたくさんの学者を抱えている国側に勝てるわけがないのだとも語られました。
例えば地震学者は地震のことばかり研究している。そして裁判には国や電力会社の味方をしている学者が出てくる。それを一から地震のことを勉強する裁判官がひっくり返すことはあまりにも容易ではない。
そもそも裁判官は裁判長と左右の陪審と3人だけですべて判断し判決も書くそうです。他にシンクタンクがいるわけでもない。その点では弁護団とも違う。だから専門性が高ければ能力を超えてしまうのです。

樋口さんは他にも原子炉の中の運転を止める制御棒が地震があったときに2.2秒で入るか入らないかという議論があったことを紹介してこう言われました。
「私はそういう議論はやめて欲しいのです。もっとシンプルに危ないかどうかを判断すれば良いのです。
なぜ難しい議論をやめて欲しいのかというと、専門性が高いと裁判官の能力を超えてしまうからです。確実に超えますね。」

しかし原発の耐震性があまりに低くて、すでにそれを上回る桁違いの地震が何度も観測されいてるのだからそんな専門性はいらないのです。それで樋口さんはこう述べられました。
「こういう話は誰でもわかるでしょう?難しいところなんかない。誰にでも理解でき、誰にでも議論ができ、誰でも確信がもてる。私はこういう考えで訴訟を進めてきて判決を書いたのです」

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