(人文書院・1944円)
「民主主義の危機」を追及
原発事故による自主避難者が帰れないのは「自己責任」だと言い捨てて、物議をかもした政治家がいる。しかし本書を読むと、これは政治家個人の「失言」などではなかったことがよくわかる。自主避難者を「自分で勝手に避難した」人たちのように扱い、帰れない人たちを復興の邪魔になる存在として切り捨てていく。放射線の健康への悪影響をできるだけ少ないものに見せて、避難者の帰還を急がせ、原発事故のことを早く忘れてもらう--そういった一連の原発政策を強力に推し進めてきた側の本音が、はっきり出たということではないか。
そのようなことを考えさせる、説得力のある誠実な本である。共著者の一人、日野氏は毎日新聞社会部で活躍した気鋭の記者。これまで一貫して原発事故とその被災者の問題に取り組んできた。もう一人の尾松氏は、ロシア研究者で、チェルノブイリ原発事故の5年後にロシアで制定されたいわゆる「チェルノブイリ法」に詳しい。それぞれの専門を生かし、互いに補強しあう共同作業となった。
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日野氏はさらに、福島県で行われてきた健康管理調査の「闇」に切り込む。日野氏の取材によれば、県の側は「なるべく被害を見えなくする制度設計」につとめてきた。そして、それを支えたのは、福島県で小児甲状腺がん患者が多く見つかったにもかかわらず、「被曝(ひばく)の影響とは考えにくい」などと言い張る医学の専門家だった。ここで日野氏は尾松氏に協力を求める。福島原発の事故の影響を否定する人たちがいつも重要な論拠としていたのが、「チェルノブイリの知見」だからだ。
今度は尾松氏の研究者魂が奮い立った。そして日本ではあまり知られていないロシア政府による報告書などの文献を精査したところ、福島原発の影響を否定する側が挙げている甲状腺がんに関わる「増加時期」「年齢層」「被曝量」などについての説明が、いずれもチェルノブイリの知見に基づいているどころか、それを歪(ゆが)め、都合のいいところだけを取っているに過ぎないことが明白になったのである。もちろん、こういったことについてはさらに詳細な、(曲学阿世(きょくがくあせい)のエセ医学者ではない)専門家たちによる検討が必要だが、少なくとも、チェルノブイリ事故の被害調査の結果がねじまげられ、恣意(しい)的に解釈された結果、福島原発事故による健康被害を過小評価する口実として使われているということだけは、確かである。
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全文は 今週の本棚 沼野充義・評 『フクシマ6年後 消されゆく被害 -歪められたチェルノブイリ・データ』=日野行介、尾松亮・著