このまま忘れ去っていいのだろうか--。東京電力福島第1原発事故後、福島県の検査で甲状腺がんと診断された145人の子どもたちのことだ。原発事故との因果関係が認められない中、国と東電は傍観し、福島県が検査と治療費支援を続けている。割り切れない思いを抱える患者の家族に会いに行った。【沢田石洋史】
因果関係、認められず 福島県の基金いつまで…
会えたのは甲状腺がんの摘出手術をした患者2人の親。匿名が条件で、甲状腺がんと確定した年や現在の年齢など患者の特定につながる情報は書かないように言われた。2人の状況を説明する前にまず、福島県が実施している甲状腺検査について整理したい。
旧ソ連で起きたチェルノブイリ原発事故(1986年)で小児の甲状腺がんが多発した経験を踏まえ、「県民健康調査」の一環として行われている。1巡目の検査は事故当時に18歳以下だった約37万人を対象に2011年から15年4月末まで行われ、受診した約30万人のうち、がんと確定したのは101人。14年4月以降は2巡目の検査に入り、新たに44人のがんが確定した。16年5月以降は3巡目の検査が行われており、今後も増える可能性がある。
145人という数が多いのか、少ないのか。有識者でつくる県の検討委員会は、がんの子どもが100人を超えた昨年2月、全国的な統計に基づいて推計される患者数に比べ「数十倍多いがんが発見されている」と分析しながらも、チェルノブイリ事故と比べて被ばく線量が少ないことなどを根拠に原発事故との因果関係は「考えにくい」とした。「放置しても無害ながん」を検診で見つけて「がん」と診断する「過剰診断」も指摘されてきた。これに対し、被ばくと関連があると主張する専門家もおり、見解は割れている。
では、甲状腺がんの摘出手術を受けた子どもたちはどんな生活を送っているのか。高校生の時に診断された女性のケース。父親に話を聞いた。
「高校の集団検診で『がんの疑い』と判明し、手術をして甲状腺を半分摘出しました。この時はまだ、将来の希望をあきらめず、県外の大学に進学しました」
将来はデザイン関係の仕事に就くか、美術館の学芸員になる夢があった。しかし、進学したその年に再発し、転移もしていることが判明。告知を受けた時、泣き崩れたという。進学先で医療をサポートする体制はなく、精神的な落ち込みも激しいことから県外での1人暮らしは無理と判断。退学して実家に戻り、治療に専念している。
(略)
もう1人。10代半ばで甲状腺を半摘した男性のケース。母親に聞くと、告知後は「僕はもう死ぬ」「なぜ自分だけこんなつらい思いをしなければいけないのか」と親を責めて暴力を振るい、あざが絶えないという。
甲状腺がんの10年生存率は約9割との統計もある。他のがんに比べて経過は良いと言われているが、「まだ若いせいか、がんを受容することができていません」と母親。定期的に血液検査を受け続ける必要があり、「医師には『切れば治る』と言われましたが、再発の不安を抱えながら、一生を過ごさなければいけない」と嘆いた。
2組の親に共通する悩みがある。それは県からの治療費支援が「原発事故との因果関係が認められないまま、いつか打ち切られ、忘れ去られる」という不安だ。
福島県によると、自己負担した治療費は全額、国の財政支援や東電の賠償金で創設した「福島県民健康管理基金」から後日交付される。なぜ、原発政策を推進した国や東電が直接手掛けず、福島県が支援策を担うのか。担当者は「県が一律検査を行った結果、甲状腺がんが発見され治療が必要になったため」と説明した。
つまり、事故との因果関係とは異なる次元で県が独自に始めた支援だ。基金の運用は11年度から約1030億円でスタート。甲状腺がん治療以外の健康関連事業などにも使われ、15年度末の残高は約760億円。甲状腺がんの子どもらへの支援をいつまで続けるかは決まっておらず、中ぶらりん状態だ。
2組の親は、昨年3月に設立された「311甲状腺がん家族の会」で知り合った。家族会作りを進めたのは、同県郡山市の元口腔(こうくう)外科医で、口腔がん治療にも携わっていた武本泰さん(58)。緑内障を患い40歳で全盲となった武本さんが、初めて甲状腺がんの家族と知り合ったのは4年前のことだった。中途失明で2年間ひきこもった自身の経験から「子どもの甲状腺がんも横のつながりを持たなければと。2組いれば会を発足させられると思いました」と振り返る。しかし、なかなか2家族目が見つからず、発足まで3年かかった。現在は10家族以上が参加して励まし合うが、「親は子どものがんを知られたくないから、匿名の存在です。だから、どうしても社会で孤立してしまう」と武本さん。
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チェルノブイリ事故で世界保健機関(WHO)が、子どもの甲状腺がんとの因果関係は明らかだと発表したのは、事故から7年後の93年です。福島の場合は現段階で因果関係がないかもしれないし、あるかもしれない。ならば「あるかもしれない」を前提に対応すべきではないでしょうか。見放される子どもが出ないように、社会復帰するまで精神的、経済的にもっとシステマチックにサポートする体制を作らなければいけない。
ベラルーシでは国が責任を持って治療や検査などを継続しています。福島県もやるべきことはやっているとは思いますが、原発政策を推進してきた国が、因果関係の有無を調べるなど主体的に取り組むべきではないか。
子どもたちに言いたいことがあります。甲状腺がんはリンパ節転移が多い。肺などの他臓器に転移することもあります。それでも早期に発見して治療すれば、ほとんど死にません。僕は日本チェルノブイリ連帯基金の理事長として医師団を102回派遣してきました。だから、信じてほしい。ベラルーシではほとんどの子が治っているということを。そして、結婚し、子どもを産んでいる。
(略)
小児甲状腺がん支援活動
甲状腺がんの家族や子どもを支える市民団体は、「311甲状腺がん家族の会」(事務局・福島県郡山市)のほか、「3・11甲状腺がん子ども基金」(事務局・東京都品川区)がある。基金は、作家の落合恵子さんや精神科医の香山リカさんら著名人が呼びかけ人や顧問となり、甲状腺がんと診断された子どもらへの経済的な支援として一律10万円を給付する「手のひらサポート」事業に取り組んでいる。東京電力福島第1原発事故で放射性物質は福島県外にも飛散していることから、1都15県の居住者が対象。これまで約2800万円の寄付金が寄せられ、2月末までに66人(福島県居住者50人、他県居住者16人)に支援を実施した。同基金は政府による包括的支援策を求めている。
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