Daily Archives: 2015/03/11

It’s Time for Japan to Punish Tepco via Bloomberg

By William Pesek Fishermen trawling the waters off Japan’s eastern coast have been alleging for a while that radioactive water was again spilling into the Pacific from the Fukushima power plant that melted down after a massive earthquake in 2011. … Continue reading

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Fukushima victims speak. Will anyone listen? via Al Jazeera American

By Trisha Pritikin […] The Fukushima victims are demanding criminal prosecution of the Tokyo Electric Power Co. (TEPCO) and relevant government officials for criminal negligence for not safeguarding the reactors and the often catastrophic mishandling and misinformation during and after … Continue reading

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西田敏行さん、復興への思い 問い直す先に未来がある via 朝日新聞

東日本大震災から4年。今も約23万人が避難生活を送り、原発事故は出口が見えない。でも、被災地で人々は前に歩み、未来に向かって支え合う。ふるさとの復興への思いを俳優の西田敏行さんが語った。 (略) 震災から1年が経ったころでしょうか。釜石や同じ岩手県の大槌町を歩きました。津波で大変な被害にあったところで、まだまだがれきが積み上がっていましたが、復興への光もわずかながら見えていました。 でも、福島県は違いました。私の故郷は、県のちょうど真ん中にある郡山市です。震災から半月後、郡山で友人たちと落ち合って、太平洋岸の南相馬市に車で向かいました。高さ十数メートルある橋まで津波が来たと聞いて驚きましたが、それ以上にショックだったのが、人影がまるでなかったことです。事故を起こした福島第一原子力発電所から30キロほどの場所でした。 福島から宮城へと流れる阿武隈川が、 子どものころの遊び場でした。仲間と泳いでいる上流で、農家のおじさんがたわしでベコ(牛)を洗っています。気持ちよくなったベコは大量の小便をして、そ れが泡の山になって流れてくるんです。見張り役の子が「来るぞー」と叫ぶと、私たちは「わーっ」と逃げます。原発周辺では、そんな川遊びもできなくなって しまったのです。 (略) 自ら立ち直る人たちもいます。私にとっては「常磐ハワイアンセンター」と呼んだ方がしっくり来るのですが、スパリゾートハワイアンズのフラガールのみなさんは震災後、全国キャラバンをやってお客さんを呼び戻しましたよね。つらい時期に、よくがんばってくれたと思います。 ハワイアンズのある福島県いわき市と、事故を起こした原発との間にある広野町に今春、「ふたば未来学園」という県立高校が新設されます。応募が募集定員を上回ったことを知った県教育委員会は定員を増やしたそうですね。私は縁あって、この学園の応援団の一員になっています。 (略) 20年前に阪神大震災が起きました。4年前が東日本大震災です。その間にも、新潟や鳥取、いろんなところで大きな地震が起きています。日本全国どこに住んでいてもひとごとではありません。 原発が再稼働されようとしている地域の人たちには特に言いたい。わが故郷・福島の人たちは「原発は安全・安心だ」とずっと信じてきました。でも、 起こらないはずのことでも起きてしまうのです。「俺のところは大丈夫だ」と本当に信じていいのですか?(聞き手=福島総局長・森北喜久馬、写真=関田航) 全文は西田敏行さん、復興への思い 問い直す先に未来がある

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震災から4年 福島で除染廃棄物を中間貯蔵施設に運ぶ作業開始へ via FNN News

(抜粋) 福島第1原発から、およそ15kmの場所にある楢葉町には、除染出た廃棄物が、大量に仮置きされている。 楢葉町には、ほかにも仮置き場があり、町全体として、この敷地内にある廃棄物の10倍もの量が保管されている。 福島県内には、こういった仮置き場が983カ所ある。 除染が進むに従って、今も廃棄物は、増え続けているのが現状。 これまでは、それぞれの場所で保管されてきた廃棄物だが、13日から、双葉町と大熊町で建設が予定されている中間貯蔵施設に、順次、運び込まれることになる。 しかし、地権者との交渉は難航している。 用地の確保、施設への搬入、この2つが同時に行われることになる。 国は、30年以内に廃棄物を福島県外に運び出すとしているが、地権者からは、本当に約束は守られるのか、疑問の声が上がっている。 全文は震災から4年 福島で除染廃棄物を中間貯蔵施設に運ぶ作業開始へ     

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A lesson from Fukushima: A safe, clean energy future will be nuclear-free via Greenpeace

[…] And, how “safe” and “clean” is this energy source, really? If we believe the nuke huggers, it is very safe – one catastrophic accident occurs only once every 250 years, they say. […] Unfortunately, the industry, and many regulators, … Continue reading

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小泉氏、首相は原発ゼロへ転換を via ロイター

 小泉純一郎元首相は11日、安全と確認された原発を再稼働させる安倍晋三首相の方針について「首相が原発ゼロと言えば自民党の多数も協力する。ピンチをチャンスに変える環境が整っている。これを生かすべきだ」と述べ、転換を促した。福島県喜多方市での講演後、記者団に語った。 首相在任中の2004年、国会審議で自らの年金加入問題を聞かれた際の答弁で「人生いろいろだ」と発言したことを引き合いに「首相もいろいろだ。(なぜ原発ゼロを決断しないのか)分からない」と語った。 続きは小泉氏、首相は原発ゼロへ転換を

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核・放射線のイメージ史――3.11後の語りづらさをめぐって – 山本昭宏 / 日本近現代文化史 via BLOGOS

『美味しんぼ』の鼻血騒動   人気グルメマンガ『美味しんぼ』の「福島の真実編」(『ビックコミックスピリッツ』2014年5月12日・19日合併号)が騒動になったのは記憶に新しい。 問題視されたのは、福島第一原発を取材した主人公が鼻血を出す場面だった。さらに、実在する人物が実名で登場して原発事故後は鼻血を出す人が増えているとの見解を述べる場面や、除染作業が終わっても福島には住めないのではないかと研究者が言う場面もあった。 これらの表現について、政府要人たちが「風評被害を与えることがあってはならない」と発言し、福島県も「人びとに不安と困惑を生じさせる」と声明を出したのである。 『ビックコミックスピリッツ』の編集部は抗議の電話が鳴り止まなかったという。『美味しんぼ』の原作者の雁屋哲は2015年の2月に反論本『美味しんぼ「鼻血問題」に答える』(遊幻舎)を出版し、健康被害に関する議論の継続を訴えている。 この騒動が明らかにしたのは、多くの人びとが原発災害後の様々な問題にいまなお関心を抱きながら、「原発や放射線については、発言しにくい」と感じている現状だったのではないだろうか。 例えば、放射線の専門家ではない私たちは、低線量被曝による健康被害の可能性について、何か発言することに困難を感じざるをえない。そうなれば、自 然と沈黙が多くなるが、関心を失ったわけではないため、時おりメディアに表れる健康被害に関する言説や表現に対して敏感に反応する。 このように、『美味しんぼ』の鼻血騒動は、「不適切表現へのバッシング」という側面だけでなく、依然として高い健康被害への関心という側面もあわせもっていたと考えられる。 (略) 新たなエネルギーの新奇性 意外に思われるかもしれないが、占領下の子どもむけポピュラー文化では、核が新奇で親しみやすいものとして提示される傾向があった。例えば、ヒー ローの名前に「アトム」の語が使われた『超人アトム 怪奇城の巻』(1948年)や、主人公のあだ名に核兵器の名前が使われた『ピカドン兄さん』 (1951年)、『水素ばくちゃん』(1951年)などのマンガがそれにあたる。 このようなイメージが量産された一方で、この時期のポピュラー文化は被爆の惨禍や後遺症をほとんど描いていない。占領軍による検閲制度があり、原爆被害を明らかにするような報道や言論は検閲による削除の対象になっていたからである。 (略) 文化的ムーブメントとしての「反原発」   1986年、ソ連のチェルノブイリ原子力発電所で大事故が起こった。それを受けて、日本でも原発に関する議論が高まっていく。 反原発のメッセージで若者たちを惹きつけたポピュラー文化は、ロックだった。それまでも、「アトミック・カフェ・フェスティバル」という野外ライブ が東京で開催されるなど、核とロックの結びつきは存在したが、チェルノブイリ原発事故後、その結びつきはよりいっそう密接になり、原発への反対が歌われる ようになったのである。 忌野清志郎が所属していたRCサクセションは、エルビス・プレスリーの「ラブ・ミー・テンダー」などの楽曲を、反原発の歌詞で「替え歌」し、ライブ などで歌い始めた。これらの曲は、シングル「ラブ・ミー・テンダー」とアルバム『COVERS』として1988年に発売される予定だったが、所属会社の東 芝EMIは、発売中止を決定した。 この騒動は、他のミュージシャンたちを刺激し、ザ・ブルーハーツや佐野元春ら人気ミュージシャンたちが、「反核・反原発ソング」を相次いで発表して いく。この動きに、若者向けカルチャー雑誌の『宝島』や一部のマンガ雑誌も連動し、反原発は一大ムーブメントになったのである。反原発という態度が、 「カッコいい」ものとして、一部の若者たちに受け止められたのだった。 しかし、このムーブメントは長続きせず90年代になると、ポピュラー文化が核を描く頻度も減っていった。ポピュラー文化における核のイメージに大きな変化がないまま、日本社会は2011年3月11日を迎えることになる。 全文は核・放射線のイメージ史――3.11後の語りづらさをめぐって – 山本昭宏 / 日本近現代文化史 

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Japan:Thousands protest against government nuclear policy via euronews

Thousands of demonstrators surrounded Japan’s parliament building on Sunday to protest against the government’s attempt to restart some of the country’s nuclear plants. The rally comes ahead of commemorations to mark four years since the March 2011 tsunami which triggered … Continue reading

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