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小田嶋 隆「レッテルとしてのフクシマ」の分析 via マイケル・ジャクソンの思想

日経ビジネスというネット雑誌に小田嶋隆氏の記事が出ていた。読んでなんともいえない不快感を感じたので、その理由を考えてみた。これはかなり複雑で嫌な構造をした詭弁だと思う。

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 月末に福島を訪問しようと思っている。
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 大丈夫に決まっている。福島の人たちは毎日そこで暮らしている。外から出かける人間が、2日か3日現地の空気を吸って土地の食べ物を食べたからといって何が危険だというのだ?
 もちろん、「大丈夫なのか」と尋ねた知人も、本気であぶないと思ってそう言ったのではない。「福島」という言葉を聞いて、反射的にそういう反応をしてしまったというだけのことだ。
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ここが最初のポイントだ。

「反射的にそういう反応をしてしまったというだけのことだ」

この文章では「反射的な反応は無意味で間違っている」という前提が置かれていることがこれでわかる。果たしてそうなのか。人間の反射的な反応は、じっくり頭で考えた反応に対して、常に劣位であると言えるのか。

続きは 小田嶋 隆「レッテルとしてのフクシマ」の分析

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