1000人が御堂筋デモ行進 via 毎日新聞

関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)の運転差し止めを命じた大津地裁の仮処分決定が出るなか、関西の反原発団体な どが主催する抗議行動「さよなら原発 関西アクション」が13日、大阪市内で開かれた。市民約1000人が御堂筋約4キロをデモ行進し、横断幕などを掲げ て「原発いらない」「再稼働反対」と訴えた。

 行進に先立ち市中央公会堂で開かれた集会では、「ストップ・ザ・もんじゅ」(大阪府枚方市)の池島芙紀子代表が「仮処分決定は私たちの地道で粘り強い反原発の闘いの結果。これからも力を合わせて闘いましょう」とあいさつした。

 大阪市阿倍野区、学童保育施設職員、石部雅子さん(30)は施設の子供たちを連れて参加。「原発はない方がいい。福島県での子供の甲状腺がん問題もある。子供たちが自分の体にとって何がいいのか、自分で考えられるように育てていきたい」と話した。

 高浜原発に近い福井県小浜市でも「さよなら原発福井県集会」があり、約500人が参加。

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福島の甲状腺がんはさらに増える!「チェルノブイリとはちがう」論のウソを報ステが暴露! しかし、他メディアは… via LITERA

(抜粋)

それが放射線による健康被害だ。本サイトでも既に報じたが、事故当時18歳以下だった福島県の子どもた ちへの検査の結果、167人もの子どもに甲状腺がんが発生していたことが発表されている(2月15日福島県有識者会議の発表)。通常この年齢の甲状腺がん の発生率は100万人に1人か2人といわれることを考えれば、この数字がいかに異常かわかるだろう。しかし事故後5年という節目ですら、この異常事態をほ とんどのマスコミは取り上げることなく無視したままだ。

そんななか、この問題を正面から取り上げた唯一の番組が『報道ステーション』(テレビ朝日)だった。3月11日に、様々な角度から多発する子どもたちの甲状腺がんの特集を組み、その実態に迫ったのだ。

この特集は40分以上という力の入った大特集だったが、そのなかで驚くべき事実が報じられている。それが甲状腺がんの“発症年齢”と“被曝線量”に関するものだ。

福島県の検査でも“発症年齢”や“線量”がチェルノブイリと比較され、因果関係の否定に使われた。

例えば、2月15日に行われた福島県の有識者会議「県民健康調査」検討委員会で座長をつとめる星北斗・福島県医師会副会長は、甲状腺がんと事故の因果関係をこう否定した。
「チェルノブイリとの比較の線量の話、あるいは被曝当時の年齢などから考えまして、これらのがんにつきましては、放射線の影響とは考えにくいとの見解をこのまま維持する形に、今日の議論としては委員会としてはそうなったと理解しています」

“チェルノブイリと発症年齢が違う”。これをひとつの根拠として星座長は因果関係を否定したのだ。また、被曝医療の専門家でもある同委員会の床次眞司・弘前大学被ばく医療総合研究所教授も「総じて言えば福島の事故における甲状腺被ばく線量はチェルノブイリ事故に比べて小さいことは言えるだろうと考えます」との見解を表明している。

“福島事故はチェルノブイリより被曝線量が少ない。発症年齢も違う。だからがん発生との因果関係はない”──『報ステ』でもこうした検討委員の見解を伝えた上で“チェルノブイリ”現地に飛び取材を行っているのだが、その結果は驚くべきものだった。

確かに、チェルノブイリでは事故当時5歳以下の子どもに甲状腺がんが多発し、福島では現在のところ5歳以下の子どものがんは見つかっていない。しかし実は、チェルノブイリでは事故当時0歳から5歳以下の子どもたちのがん発症は、事故から7、8年以上経ってからのことなのだ。

『報ステ』では、チェルノブイリから80キロは離れ比較的汚染も少なかったため避難区域とならなかったチェルニーヒウという都市を訪れていたが、そこでも 50人に甲状腺がんが見つかっている。その一人、エカテリーナという現在30歳の女性は、生後11カ月で被曝し、14歳の時に甲状腺がんが見つかったのだ という。

地元の市立診療所の内科部長も、事故当時0歳から5歳の発症にある特徴があったとこう証言している。

「すぐに発症したわけではありません。12歳から14歳になってはじめて甲状腺がんが見つかったのです」

事故当時5歳以下だった子どもががんを発症したのは思春期以降のこと、事故後早くて7〜8年経ってからの発症なのだ。その理由については不明だというが、もし日本でも同じことが起こるとしたら、甲状腺がん発症のピークはまだこれらということになる。

(略)

実際、福島県で行われた一巡目の検査では、12歳から17歳という年齢に甲状腺がんが多く見つかっているが、二巡目では一巡目にはいなかった6、 7歳の子どもの発症が報告されている。しかも一巡目では異常がなかったが二巡目でがんが見つかった子どものなかには、がんが3センチという大きさになって いるケースもあったが、これは通常考えられないことだという。さらに、手術した子どもたちのうち、リンパ節に転移したり甲状腺外に出ていたケースは75% に上るという。これに対しても、理由は専門家も明確に説明はできていない。そもそも福島の子どもたちに多く見つかっている子どもの乳頭線甲状腺がんは比較 的珍しいがんで、わからないことが多いという。そんな“珍しい”がんが福島県でいま多発している――。

番組では、福島県中通り地方に住み、高校生のときに甲状腺がんと診断された女性が登場した。既に摘出手術を終え首に痛々しい手術痕がある女性は、 手術に対する不安、辛かった術後の体調不良、そして首に傷があるため「どうしたの?」と聞かれることを恐れ服で隠していることなど、その心情を赤裸々に吐 露している。

「なんで私なんだろう。でも誰かがなんなきゃならないのかな」

女性は治療に専念するため進学した学校を辞めざるを得ず、人生が大きく変わってしまった。それだけでなく再発や転移の不安、そして結婚、出産にも影響があるのではないかという将来の不安も大きい。

(略)

昨年3月に出された福島県甲状腺検査評価部会の「中間とりまとめ」でも「甲状腺がん(乳頭がん)は、発見時点での病態が必ずしも生命に影響を与え るものではない(生命予後の良い)がんであることを県民には分かりやすく説明し、その上で検査は強制ではなく、受診者の判断、同意によるものであるが、被 ばくという避けられない事実がある以上、不安解消の意味も含め検診を勧めることが望ましい」とがんを過小評価し、その上で検診も自由意志などと、あたかも 被曝者の自己責任とも取れる文章が並んでいる。

しかも、である。14年、原子力規制委員会は緊急時迅速放射能影響予測ネットワーク(SPEEDI)を予測が不確かだとして事故時の住民避難に使わないというトンデモ方針を決定した。これまで莫大な予算をかけてきたSPEEDIが福島原発事故で全く活用されなかったことはよく知られたことだが、今度は最初からSPEEDIを活用しないことで被曝の責任を放棄するつもりらしい。結局全国の知事たちからの反発で「自治体の責任」で活用を認めたが、責任逃れに始終する。これが日本政府の実態なのだ。

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福島第1原発再稼働に抗議「まだ分からないのか」via 日刊スポーツ

かなたに見える東京電力福島第1原発に向け、避難区域の福島県双葉町の海岸から2人の男性が石を投げる。

福島県富岡町に住む松村直登さん(56)と、双葉町から茨城県に避難中の大沼勇治さん(40)。「まだ分からないのか」。1号機で爆発が起きて5年となる12日、再稼働を進める政府に抗議の意思を示した。

富岡町と双葉町の住民は原発事故の影響で避難を強いられた。どんなに除染作業をしても故郷が元通りになる希望はなく、事故収束も見通せない。それでも各地の原発を再稼働させようとする政府の方針に2人は憤る。

この日、2人は双葉町の帰還困難区域に入った。人の姿はなく、目につくのは崩壊した家屋や道に倒れたままの自動販売機。海岸に着くと、青空の下、約2キロ先に第1原発が見えた。

松村さんは、爆発があった後も第1原発から約12キロ離れた避難区域内の富岡町の自宅にとどまり、家々を見回り、放置された動物を保護した。

「福島のラストマン」として国際的に知られ、メディアなどで原発災害がもたらす悲劇を世界に伝えてきた。

大沼さんは、小学生の時に「原子力 明るい未来のエネルギー」という標語をつくり、原子力推進の看板になった。

原発事故で、かつて誇りに思った標語を恥と感じるようになったが「過ちを伝える遺産」として残すよう求めてきた。今月、看板は完全に撤去され「(再稼働の)邪魔になるからでは」といぶかる。

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311甲状腺がん家族の会を設立します via 311甲状腺がん家族の会

私 たちの子どもたちは、唐突に甲状腺がんと宣告され、その瞬間から、がんと向き合わざるを得ない人生を強いられています。同時に、甲状腺がんと診断された子 どもを持つ私たち家族は、まわりの目を恐れるなど、様々な理由で孤立を余儀なくされてきました。そのため必要な情報も共有できず、さらに悩みを深めていま す。

この会は、こうした患者家族同士が交流するために設立しました。今後、患者の治療および生活の質を高めることができるように情報交換を行い、家族間の交流で見えてきた様々な課題の解決のために取り組んでいきたいと思います。

会の概要、問い合わせは311甲状腺がん家族の会を設立します

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福島の子どもの甲状腺がんで「家族の会」結成 via NHK News Web

福島県では、原発事故当時18歳以下だった38万人余りを対象に甲状腺の検査が行われ、これまでに167人が、がん、またはがんの疑いと診断されています が、県の検討委員会は、被ばく量が少ないなどとして、現時点で「放射線の影響とは考えにくい」という見解を示しています。
一方で、がんと診断された子どもやその家族は、手術など治療の負担や将来への不安があることから、12日に家族どうしの情報共有を図る「311甲状腺がん家族の会」を結成しました。
都内で行われた会見では、世話人の河合弘之弁護士があいさつしたあと、甲状腺がんと診断された、いずれも10代の子どもを持つ父親2人が、テレビ電話で会見に参加しました。
このうち父親の1人は「突然、子どもががんと言われ、ショックが大きく、つらい思いをしてきましたが、同じ境遇の人と話をして、心が救われました。がんになった本当の原因を知りたいです」と訴えていました。

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The butterfly effect of Fukushima via Swissinfo

The consequences of the nuclear disaster at Fukushima five years ago surfaced in a terrible way in serious mutations in butterflies. This discovery is owing to the tireless work of the Japanese researcher Chiyo Nohara, who died a few months ago.

The Japanese editorial team at swissinfo.ch met her at a conference in Switzerland in 2014.

“I had nothing to do with Fukushima before that,” Nohara recalled in the below interview, which took place at a symposium on “Effects of Radiation on Genetics” in Geneva, when she was already seriously ill.

“After the nuclear accident, I worried about it constantly, as if my daughter were living there. I wanted to go straight to Fukushima to see with my own eyes what happened there.”

That desire was the catalyst for her decision to devote herself to researching butterflies.

Nohara had little to do with sciences originally. At Aichi University, a few hundred kilometres south of Tokyo, she was a professor teaching public administration auditing. Later she switched to environmental studies and moved to the southern island of Okinawa, where she taught at the Ryukyu University.

[…]

In May 2011 the researchers collected male butterflies which had suffered radioactive contamination in the towns of Fukushima and Motomiya, about 60 kilometres northwest and west respectively from the nuclear power station. They could ascertain on the spot that their wings were smaller than those of the same species in places farther away.

Back in Okinawa, they bred a first generation of contaminated butterflies in the laboratory.

They noted delays in development in pupation and hatching and a high rate of abnormalities. The closer to the nuclear power station the fathers had been found, the more likely it was that their offspring would show abnormalities.

The second-generation young showed not only similar mutations to their parents, but also had completely abnormal body parts, such as a forked antenna.

Additionally, the team researched the effects of radiation by artificially contaminating healthy butterflies from Okinawa and feeding them with radioactive creeping wood sorrel to contaminate them internally.

Here too they identified falling survival rates, a reduction in the wing size and physical abnormalities.

[…]

The interview was done on November 29, 2014

swissinfo.ch: Why did you travel to Fukushima two months after the nuclear accident to collect samples?

Chiyo Nohara: Actually, there was still a danger of further accidents at the nuclear power station, from aftershocks for example. But I was absolutely determined to collect contaminated butterflies that had wintered as larvae in Fukushima.

In Chernobyl, an investigation of organisms didn’t take place until five years after the accident. I wanted to avoid that.

At the end of May, I visited various places with Professor Otaki and two other researchers. We wanted to compare our samples against those from Tokyo and other cities.

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原発事故 放水した消防部隊の状況が明らかに via NHK News Web

5年前の福島第一原子力発電所の事故では、最初に1号機の原子炉建屋が爆発、その後、3号機、4号機も 爆発し、使用済みの核燃料を保管していたプールが冷却できなくなりました。このとき、原発を冷やすための放水活動を行った部隊の1つに、東京消防庁のハイ パーレスキュー隊があります。当時の映像から、現地に向かう隊員たちの緊迫した状況が明らかになりました。
東京消防庁が新たに明らかにした映像には、5年前の平成23年3月18日に、隊員たちが放水の準備のために東京電力福島第一原子力発電所の敷地に入っていく様子が記録されています。
隊員たちは、消防車両に乗って敷地内の放射線量を測定しながら移動していて、車内では「今のところ61ミリシーベルトです。これなら30分くらいは活動できる」とか、「積算で見積もると50分は活動可能です」などと確認し合う姿が映っていました。
原子炉建屋の位置を確認しながら車を進めていて、隊員たちは「鉄骨が見えるのが1号機。煙突があるのが2号機。3号機はまだ見えません」などと報告していました。
このほか、3月18日の深夜から19日にかけて3号機周辺で行われた放水活動の緊迫した状況も記録されています。
真夜中の時間帯、手探りで放水の準備をする隊員が、「左側にぽっかりとマンホールの穴が開いている場所があるから、注意が必要だ」などと、ほかの隊員に注意を促す場面もありました。
また、放射線量を測定する線量計の音が鳴り続けるなか、放水で使う海水を取り込むためのホースをつなぐ隊員の姿も映っていました。
3月19日の午後には、高い位置から大量に放水できる「屈折放水塔車」から3号機の原子炉建屋に向かって放水する様子が撮影されています。
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[Video] Lecture by Norma Field, Living with/in Fukushima, Five Years Later: Our World

The video-recording of a lecture by Norma Field, “Living with/in Fukushima, Five Years Later: Our World” is available via Montana State University Asian Studies Facebook page.

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Five years after Fukushima meltdowns, critic sees more cover-up than cleanup via Bozeman Daily Chronicle

Five years after a massive earthquake and tsunami killed more than 15,800 people in Japan and caused the Fukushima nuclear plant meltdowns, many people would rather forget the whole disaster.

Not Norma Field.

A retired professor of Japanese studies at the University of Chicago and author of several books on her native land, Field is a passionate critic who feels powerful interests are downplaying the disaster at the expense of ordinary families and their children.

“The government in Japan and the corporate interests and the people who are most vulnerable are encouraging and compelling a kind of amnesia about Fukushima,” Field said in an interview Wednesday at Montana State University.

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「3.11」から5年:「選別される棄民」と「女の革命」via The Huffington Post

(抜粋)

この5年間、政治は無策だった。無策の犠牲を代表するのが、南相馬市に隣接する浪江町だ。

全町民が避難生活を強いられたこの町では、馬場有町長が代理人となって原発ADR(原子力損害賠償紛争解決センター)に訴えた。しかし東京電力は、この訴えを無視し続けた。その様子を筆者は当サイト(2014年9月11日「始まった『福島一揆』――東日本大震災から3年半」)に詳しく紹介したが、それからさらに、1年半の月日が流れた。申し立てに加わった町民1万5313人のうち440人がその間にこの世を去った。

ここまで来ると、東電のかたくなな姿勢の背後には、おそらくそれを指示しているであろう国の「悪意」が感じ取れる。浪江町民の全員を見殺しにしようという殺意と言っても過言ではない。

「東 北人は負け方を知っている」と、東北地方の民俗学を専門とする赤坂憲雄学習院大学教授は言う。東北の歴史は負け続ける歴史だった。だが、今、浪江町で繰り 広げられているのは、究極の敗北である。そして勝負の勝者が東電以上に国であるところに、この原発事故の歴史的意味がある。

「見せしめ」としてさらし者に

事故から1年後の2012年3月、筆者はやはり当サイトで、福島に関する国の無策を「棄民」と批判した(2012年3月11日「福島が消える――歴史に刻まれる現代の『棄民』」)。それから4年。「無策」は「悪意」に転じた。何が変わったのか。

当初の「無策」の犠牲者は福島県民全員だった。避難した住民全員の「帰還」が政策目標に掲げられたが、それはどちらかといえば具体策のない精神的な努力目標に近いものだった。

しかし、昨年から国の姿勢ははっきり変わった。とりわけ自主避難者には、期限を切って補償を限定する方針に転換したのである。帰還しなければ補償を打ち切る――対象者を絞り込んだ棄民だ。それは、換言すれば棄民の対象の「選別」である。

国の政策を受け入れなければどんな前途がまっているか。国はもはや、国民を棄てて見殺しにすることもいとわない。あからさまな脅しである。浪江の町民は今、その「見せしめ」としてさらし者になっているようにも見える。

(略)

国による選別

今年2月に公開された『大地を受け継ぐ』は一風変わったドキュメンタリー映画だ。主 人公は福島・須賀川市の農民、樽川和也さん。ドキュメンタリーといっても、ほとんどが樽川さんの独白である。この映画の鋭さは、樽川さんの言葉を通して原 発問題のタブーに触れているところだ。

放射能汚染を苦に自殺した父親の後を継いだ樽川さんは、自分の作る農作物を自分では食べられないと告 白する。もちろん出荷する産物は放射線量の基準を厳しく守っているのだが、「それでも食べる気にならない」。放射能をこわがる消費者の気持ちがよく分かる と苦しそうに話す。「これは風評問題ではなく現実なんだ」。

これまで、消費者が放射能をこわがる気持ちを率直に言えば、それは福島の農家へ の差別を助長するとして、逆に非難の的になることもあった。樽川さんの言葉は、父を失った農民だからこそ言えることだ。しかし、だからといって、その点を 曖昧にし続ければ、福島の野菜が安値でしか売れない理由はわからない。結局、曖昧になるのは東電の責任であり、政府の責任であることを映画は訴える。

問題の核心はここにある。責任が曖昧になれば、東電は救われるが、被害者は救われない。国による選別の向かう先は加害者ではなく被害者だけ。国に幻想を持ってはならないと樽川さんは言っているようだ。

(略)

4月に避難指示が解除され、旅館が営業を始めても、ちゃんとした事業だから家賃を払っても成立させる。「そこは主婦の強み。家内工業の形で人件費の安い労働力を確保するから、大丈夫」と、グループの中心となる、同旅館の若女将、小林友子さん(63)は言う。

事業を始める動機は「とにかく何かやらなきゃ」。震災と原発に襲いかかられて、周囲がみんな落ち込んでいるのに、「私たちまで落ち込んでいたら救いがない」。やれば必ずできるという「超楽観主義」だ。

国や市に期待しても何も出て来ないから自分でやる。「女はうだうだ考える前にまず動く。できることからまずやっていくのよ。失敗してももともとじゃない」

他に養蚕を手がけて絹製品を開発する計画もある。「本当の事業として完成するまでに5年か10年かかるかもしれないけど、それまでの時間を笑って過ごそうよ、ということなの」

放射能の線量管理も「自分たちの目で安全を確認する。自分の目で事業が成立することを証明する。それができずにどうするのよ」

今風に言えば、「闘う女集団」の誕生だ。しかし、それを可能にした地域社会の背景を小林さんの口から聞いたとき、筆者は心底感心した。

そ れは、一言で言えば地域社会の権力交替である。震災、原発事故が彼女たちの家庭にもたらした最大の変化は、老人たちが元気を失ったことなのだという。老人 たちはふさぎ込むことが多くなり、目に見えて気力が衰えていった。自分たちが平和に暮らしてきた世界が一変したことに強い衝撃を受けたのだ。

「それはたしかに気の毒なのだけど、私たち嫁の立場の女にとっては、暮らしの中で重しがとれたのよ。私たちは今、自由になったの」

こんなあけすけな表現自体が、彼女たちの今の自由を証明しているともいえよう。震災と原発事故が彼女たちにもたらした初めての自由。

地域共同体の崩壊の否定的な面ばかりに目を奪われてきた筆者に、それは新鮮な驚きだった。

(略)

「女の革命」の行方は……

今、家庭や地域社会の束縛から解き放たれた彼女たちは、底抜けに明るい。明るさは力である。その力は、あるいは原町地区、南相馬市、そして日本という国を変えていくのではないかとさえ思わせる。

「そのうち、男が役に立つ場面もくるでしょ。そうなれば男たちもついてくるわよ」

「原発事故で死んだ人間はいない」とほざいた愚かな与党の女性政調会長や、下着泥棒の”前科”を噂される女性蔑視の代表者のような復興大臣が彼女たちの視線をさらに鋭くする。

地域社会、そして日本の復興を考えるとき、この事実は重要だ。必要なのは行政の計画や政治の段取りなどではない。これまで地域住民や国民を縛ってきた「重し」、国が自ら押しつけてきたしがらみや束縛を取り除けばいいのだ。

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Fukushima food products still shunned by 15 percent of consumers: survey via The Mainichi

Over 15 percent of people still hesitate to buy food produced in Fukushima Prefecture out of concerns over radiation materials emanating from the Fukushima No. 1 Nuclear Power Plant disaster, a survey released by the Consumer Affairs Agency on March 10 has shown.

According to the survey conducted in February this year, 15.7 percent of consumers said they hesitate to purchase food items produced in Fukushima Prefecture for fear of radioactive substances, down 1.5 percentage points from a previous survey in August last year. While the figure was on a downward trend, the survey found more than 10 percent of consumers were still shying away from Fukushima-produced food items.

The Fukushima Prefectural Government conducted a total of 22,514 radiation monitoring tests on 490 items produced in the agricultural, forestry and fisheries sectors within the prefecture between April 2015 and February 2016. Of them, radiation doses were below the standard levels in 22,496 tests — or 99.9 percent of all screenings.

The Consumer Affairs Agency’s survey was conducted over the Internet covering residents in Tokyo and 10 other prefectures in and outside disaster-hit regions, including main consumers of items produced in the disaster-affected areas. Of them, 5,176 people responded to the survey.

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