30年近くヤクザを取材してきたジャーナリストの鈴木智彦氏は、あるとき原発と暴力団には接点があることを知る。そして2011年3月11日、東日本大震災が発生し、鈴木氏は福島第一原発(1F)に潜入取材することを決めた。7月中旬、1F勤務した様子を『ヤクザと原発 福島第一潜入記』(文春文庫)より、一部を転載する。(全2回の2回目/前編を読む)
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除染しない車両
(略)
「メーカーの社員や現場監督なら誰でも知ってる。現実的に……作業員はJヴィレッジから出てこれないんです。汚染がひどくて。車もJヴィレッジから出しちゃいけない。一度中に入れたものをそのまま素通りして出すとかって、考えられない。だから今までの値の感覚がみんなおかしくなっちゃってる。流れ作業でスクリーニングして、はいオッケー。みんな汚染してます。かなり。たとえば現場に行くとき履いた靴はもう駄目なんです。毎日新品に履き替えるわけにはいかないけど、自分はサーベイ持ってたんで、1カ月で10足は靴を替えました」(震災当日から復旧に当たっている地元の協力企業社員)
彼が憤慨しているのは、Jヴィレッジでの車両除染についてだった。
建前上、20キロ圏内に入った車両は汚染を計測し、ひどく汚れている場合は敷地内で除染を行うよう決められている。だが、私自身、20キロ圏内に放置されていたトラックが、そのまま外部に出てくる様子を数回目撃している。そのうちの1台は、私自身が引き上げ作業に関わった。
(略)
除染しても「無駄だから」
〈あんな場所に長期間停めっぱなしだったから除染するだろう。どのくらいの時間がかかるか測ろう〉
鞄にしまってあったデジタル腕時計を取り出し、ストップウォッチで計測した。1本目のタバコを吸い終わらないうちに、そのユニックはIHIの駐車場に到着した。
「なんもしないんですか?」
「無駄だから」
もう1台の車両を引き上げにいった班は、正規の除染作業を行っていた。除染は事前予約制になっており、それを無視出来なかったのだ。30分ほど待たされたが、上会社の社員はたいそうご立腹の様子で「なんでいちいち除染してくんのよ!」と、下請け作業員を怒鳴りつけていた。こうした風景は単なる例外……モラルの低い社員がごく少数存在しているだけと勘違いしていたが、1Fの復旧では日常的な慣習だったのだ。
「除染……やったところでやりきれないってことはあるんです。いま、各地で除染が叫ばれるようになって、保育園とか小学校など、いろんな場所で始まりましたけど、基本的に土壌の除染は表面付近の土を取り除き、汚染されてない土と入れ替える。家なんかは高圧の水で洗う。でも、洗ったあとの水はどうしてるんですか。テレビとかニュースでみるとただ流してるようにしかみえない。だったら今度は土が汚染し、川が汚染し、海が汚染する。完全な除染なんて無理なんです。ゴムなんか絶対除染できない。放射性物質を取り込んで、放射化しちゃうからです。木材なんかもそう。目に見えない穴に入り込んじゃう。それを表に出そうと思ったら、表面を削り取らなきゃいけない。今頃ようやくそれをやり始めた。
電力はばれたら困ると思ってるのか……半減期を過ぎて、ある程度落ち着いたタイミングでやってるのか分かりません。ほんと、なにをやってんのかな、って言いたいんですけど、(東電からは)それで出してくれと言われる。現実問題として、人や車を出さないと復旧作業が進まない。それは理解もできるけど……。
(略)
「本当の放管……ほとんどいませんよ。あいつら、放射能のプロですよ。あの汚染をみたら、とてもじゃないけど敷地内には入れない。たいてい、にわか知識のヤツを集めて、がんばってって送り出すんです。マニュアルしかわかんないのをぽんぽん送っているわけです。ほとんど知識のない人間を一時的に教育して、放管にしちゃう。純粋な……っていったらおかしいかもしれないけど、そんな人はほとんどいない。最初の頃は行ったかもしれないですね。でもいまは来ない。行ってない。怖さが分かるから行けないんです。あいつら勉強してますもん、けっこうどころじゃない。真剣に怖がってます。
一口に被曝っていうけど……免震棟でAPDもらいますよね。あれ、β線とγ線を測れます。でも放射線ってその2つだけじゃない。中性子やα線とか、出てるんですよ。α線は短い距離しか飛ばないし、紙一枚で遮れるっていうけど、股間あたりまでは出てるんですね。そんな場所で地べたに寝転んで何時間も作業するんですよ。若い子とかは精子もだめになっちゃいますよ。放管が最初に現場に行って、放射線測定するんです。でも素人みたいなのが多いから、うちの現場には、もう一回放管呼んできて放射能を測らせる。するとすごい数字が出るんです。
(略)
事故前、1Fでは最大130カウントから180カウントが汚染のリミットだったという。それ以上汚染したものはすべて、敷地内から出せなかったのだ。幅があるのはオートメーション測定器と、手作業での測定との誤差を考慮したためだという。
「事故が起きてから、これまでの基準が一瞬で変わった。一般人の年間線量限度が1ミリから20ミリに引き上げられそうなことは盛んに報道され大議論になったのに、除染の目安が突然引き上げられたことを、なぜ誰も問題にしないのか。IAEAの定める10万カウント……自分たちからみたらあり得ない数値です。これを受け入れるなら、これまで自分たちが守ってきた基準はなんだったのか……どうしても許容できない。
長い間原発で働いていた業者にとっては、500カウントだって完全アウトなのに、Jヴィレッジではつい最近まで、1万3000カウントを超えない限り、モノも人も、そのまま出していた。130カウントを基準にすれば100倍です。除染しきれなかった場合、最終的には10万カウントだったから、750倍以上です。そんな車が平気で街を走ってるんです。狂ってます」