第五福竜丸被ばく、2船員のカルテ現存=東大病院で初確認-体温・白血球数を記載 via Jiji.com

1954年に米国が太平洋ビキニ環礁周辺で行った水爆実験で被ばくしたマグロ漁船「第五福竜丸」の元乗組員23人中2人分のカルテが、東京大付属病院(東京都文京区)に存在することが26日、分かった。東大病院には7人が入院したが、5人分は破棄された可能性が高いという。残り16人分のカルテは、コピーが千葉市内の研究施設に存在することが分かっているが、東大病院でカルテの存在が判明したのは初めて。

カルテには、2人が55年5月に退院するまでの体温や白血球数の推移などの検査データが、詳細に記載されているという。広島・長崎に続く「第3の核被害」から生まれた「生の資料」は別の被ばく診療に役立つ可能性もあり、貴重な発見と言えそうだ。

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久保山さんら16人は国立東京第一病院(現・国立国際医療研究センター、新宿区)に、残り7人は東大病院に入院。放射能研究の専門施設である放射線医学総合研究所(千葉市)が、両病院を退院した元乗組員の診療を引き継いだ。2010年7月には、放医研が久保山さんら16人分のカルテの写しを同センターから入手していたことが判明。放医研は東大病院にもカルテなどを照会したが、コピーも含め存在が確認できなかったという。

 東大病院に入院した7人は既に他界。23人のうち生存している4人の平均年齢は85歳を超えた。

時事通信は昨年9月、東大病院にカルテの存在について取材したが、同病院は「保管期間が過ぎており、所在は確認できなかった」と回答していた。しかし、今年2月に入って情報公開請求があり、調べ直した結果、2月中旬に発見された。

東大病院によると、カルテには体温や白血球数のほか、傷口の状態などが記載されているが、紙の経年劣化が進み状態は悪いという。同病院は「歴史的に価値があるものなので、早ければ4月にも、(重要な法人文書などを保存する)東大文書館に移管したい」としている。

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