(抜粋)
男が逮捕された21日夜、テレビメディアはすぐに容疑者が「福島第一原発の除染作業員だった」と報道したが、これに素早く反応したのが、男の除染作業の現場であった福島県川俣町だ。
24日、川俣町議会は、男が携わっていた同町山木屋地区の除染作業を当面中止するよう、環境省管轄の福島環境再生事務所に文書で申し入れた。「除染は個人の敷地に立ち入ることから、作業員と住民の信頼関係が不可欠だ。事件は、住民に大きな不安と恐怖を与えている」と記載されていたという。これをうけ同日、福島環境再生事務所は、除染作業の請負元であるゼネコンVJ(共同企業)に対し、除染作業員の規律と風紀の維持を徹底するよう文書で通知した。
まるで、除染作業員は“犯罪者予備軍”だと言わんばかりの対応である。たしかに、テレビや週刊誌の報道は、容疑者の前科や特殊な行動、性癖など、その“異常性”を強調するもので、これが川俣町の住民に不安を与えていることは間違いないだろう。だが、言うまでもなく、除染作業に従事する人々は、個々人で事情も思いも違い、十把一絡げに“犯罪者”のイメージで語るのは間違っている。
むしろ、いまいちど目を向けるべきは、除染作業員たちが置かれている“底辺”とも呼ばれる劣悪な状況だ。除染労働の内容は、建物等の拭き取り、落ち葉等堆積物の除去、草の刈り取りなどを手作業で行う重労働で、真夏には熱射病で搬送される作業員も少なくない。また、集められた枝葉などを機械裁断するため、汚染された粉塵による悪環境もつきまとう。いわゆる3K(きつい、きたない、危険)の労働なのだ。しかも、その過酷労働に支払われる対価は、一般の想像よりも格段に低いのである。
これは単に現場の監督が行き届いていないというだけの問題ではない。背景には、国の姿勢を含めた構造的な問題があるのだ。
『除染労働』(被ばく労働を考えるネットワーク編/三一書房、2014年)という本に、その実態が描かれている。現在、除染作業に従事する人々の半数以上は地元の労働者だというが、当初は全国各地から仕事を求めて福島にやってきた人々が主だった。そのなかには「どうせ働くなら少しでも福島の復興に貢献したい」という思いを胸に除染に来た人もいた。しかし、本書によれば、実際には、「除染作業はその『思い』に見合った誇りのある労働ではない」と言わざるを得ない状況にあるという。
まず、現場で頻発しているのが、日当のピンハネだ。除染作業は国の直轄事業であり、労働者には雇用主である会社からの労賃のほかに、「特殊勤務手当」(いわゆる、危険手当)が支給されることになっている。だが、現場ではこの危険手当のピンハネが横行しているのだ。
(略)
この構造化された下請け問題のなかで、作業員は、悪徳末端業者に雇われてなかなか現場に行かせてもらえず、待機を命令され、その間給与がまったく支払われないという事態も多発している。もちろん違法だ。さらには、除染現場での労災による死亡事故が起きた際にも、重層的構造により、業務内容の見直しを元請けのゼネコンや環境省などに訴えると、直接の雇用業者に目をつけられ、仕事を干されたり、現場を強制的に移動させられるようなこともあるという。
健康被害の問題も見逃してはならない。「フライデー」(講談社)13年1月25日号では、除染作業員が作業中の「大量内部被曝」を実名で告白している。福島県田村市で2ヶ月間の除染作業に従事した五嶋亮さん(23)が、作業の最終日に、作業員の前線基地である「Jヴィレッジ」で内部被曝の測定を受けたところ、元請け会社は「なぜか結果を教えてくれなかった」という。五嶋さんはねばり、「今回だけ特別」として見せてもらうことに成功。証拠として携帯電話のカメラで撮影しつつ、見てみると、測定結果用紙には一般的な原発作業員の倍以上という異常な内部被曝の数値が示されていたのだ。五嶋さんは「フライデー」でこう証言している。
「電波塔のある高台で作業していた時には、線量計が毎時12マイクロシーベルトを計測しました。そんな危険な場所なのに、マスク1枚しか支給されず自前の服を着て、毎日作業をやらされたんです。(中略)しかも私が内部被曝の数値を見せてほしいと言ったことが東電の怒りに触れたようで、上司からは後日『お前のせいで東電からクレームが来た。そんなことをするな!』と叱られました。信じられません」
五嶋さんのように、除染労働者は、内部被曝の数値も、現場の線量すら知らされないことが珍しくない。元請けの担当者は「ここは線量が低いから大丈夫」などと言うが、1日で30マイクロシーベルトも被曝した除染作業員もいたという。この杜撰な被曝線量の管理の実態は、前述の『除染労働』でも描かれていうる。2012年度の除染作業では、共通仕様書で指示されている放射線管理手帳の発行もほとんど行われておらず、なかには「元請けが放射線管理手帳は発行しないと決めている」と労働争議のなかで言い放つ業者もあったという。除染労働者に対する線量管理がいかにいい加減かよくわかる。
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