人間には、“超えてはならない一線”がある
原発とは、原子力発電の略語である。
つまり日本では、「発電する」ことに、原発本来の目的がある。ところが、アメリカ・ヨーロッパ・ロシア・中国の核兵器保有国では、それ以外に、原子炉を使って、ウランから原子爆弾や水素爆弾の原料であるプルトニウムをつくりだす、というおそるべき軍事的な目的がある。今でも、それが続いている。
そもそも歴史的には、アメリカが第二次世界大戦中に原爆の開発に成功したあと、核分裂のエネルギーを爆弾以外のところに実用化しようという発想から、戦後の1954年にアメリカ海軍の原子力潜水艦第一号が、ディズニー映画『海底二万哩《マイル》』の潜水艦に因んでノーチラス号と名づけられ、進水した。
この原子力潜水艦の動力として使われた小型の原子炉が、のちに陸にあがって巨大な原子力発電所となっていった。それが、電気を利用する原発の生みの親となったわけである。
その原水爆の利権が、途方もない規模の巨大な軍需産業──人殺し産業を全世界に生み出してしまったのだ。
その利権を求める欲望が、とどまるところを知らずに膨張してゆき、われわれの背後では、それが今でも、全世界の原発を動かす巨大な動力となっている。その経過を書いたのが、『東京が壊滅する日――フクシマと日本の運命』である。(略)
たとえ、全身を測定できるホールボディーカウンターで体内の放射性物質の量を測定しても、それによって、「すでにできた細胞の傷跡」を知ることはできない。これから相当な注意を払って被曝を避けるように注意しても、誰一人、事故前の体には戻れない。
実は、私が“大事故目前”を予感した2010年に、「もし大事故が起こったら、何も言うまい」と決めていたのも、被曝した人に対して「その細胞への影響」を口にする勇気がなかったからである。
ところが翌2011年にフクシマ原発事故が起こってしまうと、みなが平然と高濃度の放射能の空気中を動き回り、ますます被曝しているのを黙って見ていることができずに、これ以上の被曝を避けさせなければならないと思い、全国を回って、300回にもおよぶ講演をしてきた。
だが、どうしても口にできなかったのが、「そのこと」(全身の細胞につけられた傷跡)である。事故によって被曝したあとでは、すでに取り返しがつかない。言っても意味がないと思ったからだ。
(略)
では2011年のフクシマ原発事故では、何が起こったのか?
内部が数千度の高温になった原子炉からは、同じようにウラン、プルトニウム、ルテニウムがガス化して、東日本全域の空気中を漂い、われわれがそれを吸いこまされたのである。
事故当時、フクシマ原発が爆発した翌月に自動車で走行したエアーフィルターを取り出し、レントゲンフィルムに感光させた写真をみると、アメリカ北 西部のシアトルではきれいだが、東京や福島市では、放射性の微粒子が大量に検出されていた。自動車が吸いこんだと同じ空気をわれわれが吸っていたのだか ら、体内にホットパーティクルが大量に取り込まれたのだ。
この写真の上の赤い数字で示される通り、空間線量を測っても、シアトルと東京では、ほとんど変らないが、体内の細胞が受けた傷跡は、まったく異なるのだ。この傷跡が、いずれ動き出す。
(略)
このたび、『東京が壊滅する日――フクシマと日本の運命』を緊急出版した。
現在、福島県内の子どもの甲状腺ガン発生率は平常時の70倍超。2011年3~6月の放射性セシウムの月間降下物総量は「新宿が盛岡の6倍」、甲状腺癌を起こす放射性ヨウ素の月間降下物総量は「新宿が盛岡の100倍超」(文科省2011年11月25日公表値)という驚くべき数値になっている。
東京を含む東日本地域住民の内部被曝は極めて深刻だ。
映画俳優ジョン・ウェインの死を招いたアメリカのネバダ核実験(1951~57年で計97回)や、チェルノブイリ事故でも「事故後5年」から癌患者が急増。フクシマ原発事故から4年余りが経過した今、『東京が壊滅する日――フクシマと日本の運命』で描いたおそるべき史実とデータに向き合っておかねばならない。1951~57年に計97回行われた米ネバダの大気中核実験では、核実験場から220キロ離れたセント・ジョージで大規模な癌発生事件が続出した。220キロといえば、福島第一原発~東京駅、福島第一原発~釜石と同じ距離だ。
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