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【坂本龍一 いま、僕が思うこと】ほんとうに言いたかったことは via msn.産経ニュース

ぼくがなぜ「たかが電気」と言ったか。「たかが」という単語にひっかかって、感情的に反応している人が多かったようですが、ぼくは人間の生命、健康、生活 と対比させて、電気を「たかが」と言ったのです。つまり命と電気と、どちらが大切か、と問うたのです。そう聞かれて、ほとんどの方は「命」と答えるのでは ないでしょうか。人間の命に比べれば電気などは「たかが」といっていいでしょう。そもそも命がなければ電気も必要ないのですから。

(中略)

大震災前でさえたかだか6%しか供給を担っていなかった原発のために、人類史上最悪の事故を起こしてしまい、その事故処理、補償、除染、さらには 廃炉というハードルなど大きなマイナスを作り上げてしまいました。これはどうしても放り出すことのできない課題です。その総コストはどれだけのものになる のでしょう。これが日本の経済に突き刺さった大きな「棘」だということは、政治や経済に関わる者だけでなく、日本人全員が覚悟しなければなりません。原発 がなければ経済が成り立たないのではなく、原発があるから経済が成り立たないのです。

最後に、美しい日本の国土、さらには地球環境を汚し、人類の未来である子供たちの命を危険にさらす原子力発電は、許容することはできません。

全文は【坂本龍一 いま、僕が思うこと】ほんとうに言いたかったことは

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One Response

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  1. norma field says

    坂本さんが言われることはよくわかります。たしかに「命か、電気か」と問われたら、誰もがためらいなく「命」を選ぶでしょう。これが複雑になるのは「生活」(雇用)か、「生命」か、となったときです。実際はこれほど露骨には提示されませんが、財界などは仕切りに雇用危機を持ち出します。どうしたらいいのでしょう。脱原発の経済学の前進と広まりが欠かせません。とどうじに、「生活」か「生命」かが天稟にかけられる、というとんでもない社会の仕組みを乗りこえる努力が必要です。「反・脱原発」と「反貧困」は切り離してはなりません。民主主義にとっての大きな課題でもあります。



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