Tag Archives: 広島・長崎

生越千晴、被爆体験伝承「未来につなげる」via 日刊スポーツ

女優生越千晴(21)が17日、都内で、主演するNHKドラマ「かたりべさん」(8月3日午後4時)の会見に出席した。 広島県で、被爆体験を語り継ぐ通称かたりべさんの老齢化が進んでいることで、若者が被爆体験談を伝承する取り組みを描く。 生越は「演じてみて、完全コピーじゃなく、私たちの考え方も含めて伝え、自分たちの未来につなげることが大事と感じました」と語った。 続きは生越千晴、被爆体験伝承「未来につなげる」

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カザフスタンで海外原爆展 10回目、長崎の平和祈念館 via 福井新聞

国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館(長崎市)は10日、今年の海外での原爆展を旧ソ連のセミパラチンスク核実験場があったセメイなど、カザフスタンの3都市で8月6日~9月30日に開くと発表した。海外開催は2005年に始まり、今年で10回目。 広島・長崎の被爆写真や放射線障害となった人の治療のパネルをセメイの博物館などに展示する。被爆者で、昨年8月9日の長崎の平和祈念式典で「平和への誓い」を朗読した築城昭平さん(87)が、首都アスタナとアルマトイで体験を話す。 続きはカザフスタンで海外原爆展  10回目、長崎の平和祈念館

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『はだしのゲン』こそ“原爆を擬似的に体験できる装置”! 忘れないために書き留めらた真実とは via おたぽる

(抜粋) 平和主義者の父親が近所から疎まれる様子や、食べるものがなくひもじい様子が丁寧に描かれている。そんなゲン一家に、どっぷり感情移入した頃に、原爆は投下されるのだ。父、姉、弟は家の下敷きになり、生きたまま焼かれていく。 「ギギギ あ…あんちゃん…」 と叫びながら死んでいく弟の姿は、壮絶だ。 原爆が落ちた後のエピソードは、作者が実際に見聞きしたものが多いからだろう、マンガのスタイルが、フィクションマンガのスタイルより、実録マンガに似ているな〜と思った。 わかりやすく言うと、「週刊少年ジャンプ」よりは「漫画実話ナックルズ」に掲載されてそうな描き方なのだ。 ひとつひとつのエピソードが、とてもリアルである。ただし、そのエピソードが必ずしもストーリーにからんでいるワケではない。単発のエピソードの集合になっている部分も多い。 手の皮が剥けて垂れ下がり、お化けのような姿になって歩く人。無数のガラスが突き刺さり泣き叫ぶ親子。元気だったのに急に血便を出して死んでいく兵隊さん。川の中で腐って膨れて異臭を放つ大量の死体。爆風で数メートルも飛ばされた電車と、中で死んでいる死体。死体にたかる大量のウジ虫。そして湧いた大量のハエの群れ。 実際に見た人間が描く原爆投下後の広島の現実は強烈で、それゆえひとコマひとコマの描写が胸に突き刺さる。30年以上経った今でも、このインパクトはハッキリと覚えていた。 (略) 店内に入ると、齢80歳以上のお婆さんと、昔ながらの常連さんがいらっしゃった。お婆さんにゆっくりお話を伺った。 原爆で吹き飛ばされた街には、すぐに人が集まってきて数日でドヤ街ができたそうだ。とにかく人手はいくらでも必要で、活気もあったという。原爆症もあったし、苦しんでいる人も多かったが、生きていくにはそれどころじゃなかった。とにかくドヤ街には、全国から人が集まってきたので、喧嘩も絶えなかった。 「とにかく関東の人が怖かった。荒っぽくてね。刃傷事件を起こすのはいつもあっちの人だったね」 と、広島ヤクザが大暴れする『仁義なき戦い』なんかとはちょっとイメージが違う話も耳にした。 食料がない時代だったため、食堂で出す食材はアメリカ軍のゴミ箱から拾ってくることが多かったという。豚の頭などを、となりの韓国人のドヤの主から調理法を聞いて料理していたという。 実際にその目で見て、その耳で聞いた人が語るエピソードはとても力強い。どんな些細なことでも、匂い立つようなリアリティがあり、聞いていてとてもドキドキした。しかし、その感動とは裏腹に、広島にドンという名のドヤがあったことも、そこに人が生きていたことも、もうほとんど忘れられていることに焦燥感を感じた。 原爆が落ちた痛みも、きっとそのうち忘れてしまうだろう。それは寂しいけれど、生きている社会ならば仕方がないことではある。 しかし書き留めることで、忘却に歯止めをかけることはできる。 『はだしのゲン』を読めば、誰でも広島に何が起こったのかを追体験することができる。大勢が住む街のど真ん中に、核兵器が落とされるとどうなるのかが、嫌でもわかる。 “原爆を擬似的に体験できる装置” それがはだしのゲンという作品の本質だと思う。 作中には、作者の願い、祈り、呪いが目一杯こめられている。ここまで強烈な思いが詰まった作品はめったにない。少々考え方が違ったりしても、読まなければもったいないよな〜と思う。 全文は『はだしのゲン』こそ“原爆を擬似的に体験できる装置”! 忘れないために書き留めらた真実とは

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戦争放棄が被爆国の「原点」 長崎市が平和宣言文案 via 読売新聞

長崎原爆忌(8月9日)の平和祈念式典で長崎市長が読み上げる平和宣言 文の3回目の起草委員会(委員長・田上富久長崎市長、15人)が5日、長崎市の長崎原爆資料館で行われ、市側から、過去2回の議論を基にした文案が示され た。委員会は今回で終了し、これまでの議論を踏まえて最終的な宣言文を作成する。  文案では、憲法に定められた戦争放棄の理念について、被爆 国、被爆地長崎の「原点」と指摘。被爆者運動を先導してきた山口仙二さん(昨年82歳で死去)が国連演説で使用した言葉「ノーモア・ウォー」を引用し、政 府に対し、安全保障や平和国家のあり方が根底から変わるという懸念と不安の声に真摯(しんし)に耳を傾けるよう求めている。 続きは戦争放棄が被爆国の「原点」 長崎市が平和宣言文案

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長崎被爆者に「死に損ない」 横浜の中3生、修学旅行中に暴言 via msn.産経ニュース

修学旅行で5月に長崎を訪れた横浜市の公立中3年の男子生徒数人が、爆心地周辺を案内していた被爆者で語り部の森口貢さん(77)に「死に損ない」などの暴言を吐き、森口さんが学校に抗議していたことが7日、分かった。 森口さんによると、被爆者らが5月27日、3年生119人をグループに分け、爆心地周辺の被爆遺構を案内。森口さんが山里小学校で説明し始めたところ、グ ループから離れて行動していた数人の生徒が「死に損ないのくそじじい」と大声で叫んだ。森口さんは注意したが、この数人は周りの生徒にも「拍手しろ」など と言って妨害、暴言を続けたという。 続きは長崎被爆者に「死に損ない」 横浜の中3生、修学旅行中に暴言

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(被爆国から2014)原発 安全に「絶対」はない via 朝日新聞

■俳優・歌手 倍賞千恵子さん(72) (略) 原爆白内障の女性を演じたNHKのドラマ「夏の光に…」(1980年)。撮影前に被爆者の男性に体験を聞き、広島平和記念資料館を見学しました。一瞬で街が破壊されることに、がくぜんとしました。 原爆症で亡くなった佐々木禎子さんを描いた「千羽づる」(89年)では、禎子さんの母親役。広島を訪れた小学6年生の女の子が平和の大切さを学ぶ短編アニメ「つるにのって ―とも子の冒険―」(93年)で、主題歌を歌いました。いつも戦争と平和、核の問題を感じて仕事をしていましたが、大上段に構えて意見を言うことはなかった。 そんな私を変えるきっかけになったのが、福島の原発事故でした。 (略) 原発事故から3年。福島の人は身も心も癒やされていない。それなのに再稼働したり、輸出しようとしたりしている。核の被害は何十年、何百年と続きます。原発も絶対に安全とは言えない。「絶対」は、ない。 私は山田洋次監督から人間の内面の見方を学びました。だからこそ、人を大切にしたい。誰もが「自分は幸せになりたい」という思いを侵害されるべきではないんです。 数十年前、「死んだ男の残したものは」という歌に出会いました。戦争では何も残せず、みんな死んだという曲です。人が人を殺すとはどういうことかを考えながら歌い続けています。(聞き手・中崎太郎) 全文は(被爆国から2014)原発 安全に「絶対」はない 関連記事: 【特集】核といのちを考える via 朝日新聞 (被爆国から2014)広島出身 背負って生きる ■俳優・映画監督 杉野希妃さん(30) (抜粋) 「聞かないと、後悔するかも」と思うけど、「傷をえぐり出すようなことはしたくない」とも考えてしまう。祖母からは今も聞けていません。 でも、私にできるのは語り継いでいくこと。それが広島で生まれた意味。原爆の歴史を忘れないことが使命と思っています。 6年前、映画製作会社をつくりました。高校生が脱原発運動に利用されるシーンがある「ほとりの朔子(さくこ)」(1月公開)、福島の原発事故による放射能被害を心配する東京の家族を描いた「おだやかな日常」(2012年公開)。映画で「善か、悪か」を主張するのではなく、見た後に話し合ったり、交流したりできる受け皿を提供したい。

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圧力? 手塚治虫作品にもあった漫画と原子力めぐる深い闇 via dot. (週刊朝日)

(抜粋) その漫画は「きりひと讃歌」。医学界を舞台に、陰謀に立ち向かう青年医師の運命を描いた社会派漫画だ。 ある村で、顔が動物のように変化する原因不明の「モンモウ病」が発生する。青年医師が調査に乗り出し、自ら発病しながらも住民が飲む水が原因だと突き止めるというストーリーだ。 初めて掲載された1971年のビッグコミック(小学館)誌上では、水の分析過程で「放射能障害」「核物質」という言葉が使われていた。だが単行本になり、 版を重ねるうちに、これらの表現が一切消えてしまった。一例を挙げると、「水に微量の放射能」は「水に微量の結晶」に、「核物質などあるはずがない」は 「振動する結晶などあるもんか」に変わった。 病因の記述も、「一種の放射能障害による風土病」が「微量の結晶体の蓄積によってもたらされる骨変形をともなった一種の内分泌障害」に変更されるなど、放射能関連の言葉が計14カ所削除されている。 この漫画のファンで、改変に気付き、昨夏、版権を管理する「手塚プロダクション」へ問い合わせた大阪市の梅野栄治さん(47)が言う。 「最初は『多数の読者から意見が寄せられたので手塚氏が表現を変えた』と言っていたが、やりとりするうちに『会社上層部に何らかの圧力があった。これ以上、お話しすることはありません』と回答が変わった」 一方、本誌の取材に手塚プロは「圧力はない」と否定した。 全文は圧力? 手塚治虫作品にもあった漫画と原子力めぐる深い闇

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「胎内被爆者のつどい」8月に広島で 全国連絡会発足へ via 北海道新聞

原爆投下時に母親のおなかにいて、放射線の影響を受けた「胎内被爆者」7人が28日、広島市で記者会見し、8月5日に「胎内被爆者のつどい」を同市で開催すると発表した。 準備会には7人のほか、全国から9人の賛同者が集まっており、今後も横のつながりをつくり「つどい」で全国的な連絡会を立ち上げる。高齢化する被爆者の体験の継承や自分史づくりに取り組み、他の被爆者団体とも連携していきたいとしている。 続きは 「胎内被爆者のつどい」8月に広島で 全国連絡会発足へ

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広島の映画会社が事業停止 原爆や平和作品を配給 via スポニチ

原爆や平和を題材とした映画を制作、配給していた「広島映画センター」(広島市中区)が、資金繰りの悪化により事業を停止していることが15日、分かった。 東京商工リサーチによると「はだしのゲン・2」を企画した。負債額は調査中。 (略) 1972年に創業。近年の売上高は年間1億円台だったが、平和教育での映画利用の減少や映画のデジタル化で収入が落ち込み、2011年10月と13年7月に資金ショートを起こしていた。 はだしのゲンは、広島での被爆体験を基に漫画家中沢啓治さんが描いた漫画。広島映画センターは「広島平和教育映画ライブラリー」を立ち上げ、所有作品を貸し出すなど平和教育活動にも携わった。 全文は広島の映画会社が事業停止 原爆や平和作品を配給

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40年前に「脱原発」 詩人・栗原貞子さんの自筆論文 via 朝日新聞

広島への原爆投下直後に誕生した命についてうたった詩「生ましめんかな」で知られ、2005年に92歳で亡くなった栗原貞子さんの自筆論文が広島女学院大(広島市)に寄贈された。原爆投下から30年後にあたる1975(昭和50)年に書かれ、国内で進む原発建設を憂えて「脱原発」を訴えていた。 自筆論文は「核文明から非核文明へ」。地元・中国新聞社の懸賞論文に応募したもので、400字詰め原稿用紙20枚。最終的に選からは漏れ、78年に再構成されて著書「核・天皇・被爆者」(三一書房)に掲載された。だが、当時の同社編集局長で元広島市長の平岡敬さん(86)が「原発と原爆はコインの裏表。処分するのはしのびない」と考えて、自宅に保管していた。 (略) 論文が書かれた前年の74年には、原発を立地する見返りに国が交付金を出す根拠とされる「電源三法」が施行。一方で原子力船「むつ」の放射能漏れ事故が発生し、原子力の危険性が取りざたされていた時期でもあった。 栗原さんは論文の中で、原発事故で大量の放射能が漏れた場合を想定し、「局部的に、ヒロシマ、ナガサキの悲惨が現実のものとなるであろう」と指摘。「日本国民は戦争体験被爆体験によって何を学んだのだろう」と嘆いていた。 コストが低く、安全なエネルギーとPRされていた原発に対しては「重なる事故などで逆にコスト高になる」としたうえで、建設が進む背景として「原爆の材料であるプルトニウムをつくり出すのが目的」を挙げていた。 全文は40年前に「脱原発」 詩人・栗原貞子さんの自筆論文

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