Tag Archives: 飯舘村

特定復興再生拠点区域外にある飯舘村の一部 避難指示解除へ via NHK News Web 福島News Web

飯舘村では、東京電力福島第一原子力発電所の事故のため帰還困難区域となり避難指示が続いている長泥地区のうち先行して除染などを進める「特定復興再生拠点区域」になっていない地域の一部について、いわゆる「除染なき避難指示解除」の枠組みを使って、来年春の大型連休ごろに避難指示を解除する方針を明らかにしました。「拠点区域外」の避難指示解除の具体的な時期が示されたのは、初めてです。 立ち入りが厳しく制限される帰還困難区域となっている飯舘村の長泥地区は、全体の17%が先行して除染などを進める「特定復興再生拠点区域」として来年春の避難指示解除を目指していて、このほかの地域についても来年春以降段階的に解除したいとする案が示されていました。 国と飯舘村は、20日、福島市内で住民説明会を行ったうえで記者会見を開き、国による除染が行われていなくても自治体に土地活用の強い意向があれば放射線量が下がり住民が帰還しないことなどを条件に避難指示を解除できる「除染なき避難指示解除」の枠組みを使って、来年春の大型連休ごろに、「拠点区域外」の一部の避難指示を解除する方針を明らかにしました。 解除されるのは、地面にコンクリートを打つなどして放射線を遮る国の実証実験が行われていた6400平方メートルの土地で、村内の「拠点区域外」の0.07%にあたります。 放射線量が十分下がったことが確認されたことから、こうした実証事業の成果を広く見てもらうため自由に立ち入れるようにするということです。 「拠点区域外」の避難指示解除の具体的な時期が示されたのは、初めてです。 また、これにあわせて村内の拠点区域の避難指示をすべて解除する方針も示されました。 […] 全文

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飯舘村被ばく労働訴訟 和解成立 via ごみから社会が見えてくる

環境省による飯舘村蕨平の仮設焼却炉において発生した被ばく労働について、被告 日揮株式会社を相手に損害賠償を請求した事件は、2021年11月26日和解成立となりました。12月10日(金)福島県庁で記者会見を行いました。正確な数は把握できませんでしたが10社前後が取材し、同日夜NHK福島放送「はまなかあいづ」にて放送されました。 調停条項(口外禁止条項を除く) 1 被告は、原告に対し、解決金を支払う。2 被告は、放射性物質・ダイオキシン等労働者の健康を害する可能性がある物質を取り扱う作業を労働者に行わせる場合には、今後とも、より一層法令等を遵守し、当該物質を適正に管理し、すべての人を尊重し、安全を優先することを約束する。3 原告は、その余の請求を放棄する。 争点は2つありました。一、安全配慮義務違反二、入所前教育(新規入場教育)で説明した通りの労働環境や作業内容ではなかった点 一、は実際に健康を害されたのかという点が問われた。健康不安を感じるような労働環境であったことから慰謝料を請求したものであるが、被告は「環境省の基準を満たしている」という主張に終始したほか、内部被ばく問題の難しさがあり、黒い雨裁判でも長年かかってようやく認められたところである。よって一、については和解に反映されなかった。二、について和解に至ったということになる。 裁判の前の労働審判においてはダイオキシン暴露を問題にしたが、裁判では放射能で進めた。結果は必ずしも納得できるものではないが、被告からは「(労働環境は)「環境省の基準以下」であり保護具のレベルは低くて良い、数値は明らかなのだから不安に思うはずはない」とする主張が繰り返された。これまでの労働実態を鑑みて、今後のために何らかの約束をすべきと考え和解に至った。以上 損害賠償請求額は381万円余ですが、解決金額は被告の要請で非公表となりました。その他の条項も原告の主張はほとんど反映されず、被告の要求に従う結果となりました。私は当初、金額を含め上記和解条項を知らされたとき、まさかと耳を疑いました。裁判でのやりとりでも被告の主張は非常識というほかなく、原告の主張が圧倒的に有利であると思われたからです。しかし弁護士や50年も労働訴訟を闘ってきた労働組合の方々によれば、原告の男性に実際の健康被害が出ていない段階での訴訟はかなり厳しいと見ていたにも関わらず、一応の解決金を勝ち取ることができたことは少なからぬ成果であるとの結論であり、労働裁判の厳しい現実を思い知らされました。それにしてもあれほどの被ばく労働を強いられた事実に対してあまりに不当な結果であるとの思いは拭えません。また今後、仮に健康被害が出た場合にも一切の請求ができないというのも納得できるものではありません。 通常であれば裁判官からの尋問はさらっと終わってしまうところ、本件においては複数の裁判官からかなり時間を割いて詳しく聞き取りが行われた、との弁護士の談話が印象に残りました。未曾有の原発事故がもたらした放射能汚染による被ばく労働を地元の福島地裁で審理したことで、裁判官の強い関心を集めたのかもしれません。 原告の男性は長い裁判から解放され「スッキリした気持ち」であると率直な感想を述べ、また「福島で裁判を闘っている人がたくさんいるため、和解した日を新たなスタートとして、福島の人達のためにできることを頑張っていきたい」と抱負を語りました。 支援の会のTさんは、福島県内には飯舘村以外にも仮設焼却炉が数多く設置されていること、また木質バイオマス発電も建設され汚染された木材を燃料としており、これらから放射能の濃縮した焼却灰が大量に排出され労働者が被ばくすること、今後の様々な職場での労働を考えるうえで今回の結果は大きな力になると考えているとコメントされました。 原文

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長谷川健一さん死因は「甲状腺がん」…福島原発事故と戦った飯舘村の酪農家が投げかけたもの via YAHOO!ニュースJAPAN (日刊ゲンダイ)

「。。。」<長谷川健一さん死去 「原発事故被害者団体連絡会」共同代表>という訃報記事だ。  長谷川さんは福島県飯舘村で酪農を営んでいたが、2011年3月の東京電力福島第一原発事故で強制避難を余儀なくされた。その後、原発事故被害者団体連絡会の共同代表などを務めたのだが、長谷川さんの「功績」は何と言っても、原発事故直後、村が高濃度の放射能汚染に見舞われたにもかかわらず、それを隠蔽しようとした村や東電の対応を問題視して“告発”したことだろう。   長谷川さんは2012年に出版した著書「原発に「ふるさと」を奪われて」(宝島社)で、3号機が爆発した11年3月14日当時、役場にあった線量計の値が平常時の年間許容量(1ミリシーベルト)を1日余りで超える「毎時40マイクロシーベルト超」を計測していたと指摘。驚く長谷川さんに向かって、村職員が「この数字、公表しねえでくれよ。(菅野典雄)村長から『絶対人に言うな』と止められている」と“口止め”されていたことを明かしていた。   さらに京大原子炉実験所の今中哲二助教が村内各地で放射線量を計測。その結果を村に伝えると、菅野村長は「とにかくこのデータは公表しないでほしい」と話したことや、山下俊一長崎大教授ら放射線専門家が入れ代わり立ち代わり村を訪れては「安全だ」「大丈夫だ」と吹聴し、やがて〈放射能をことさら危険視するほうがおかしいという雰囲気さえ漂い始めた〉とつづっていた。   日刊ゲンダイ記者が出席した当時の出版会見で長谷川さんは、村の復興計画会議の委員に原発推進派の識者が含まれたことを挙げて、「すでに飯舘村は原子力ムラの御用学者たちに牛耳られている」と強調。「実は今、菅野村長の行くところすべてに付いて回っている経産省の官僚がいるのです。村役場でも、常に村長のそばにいる。そして、マスコミの取材の際もその彼が出張ってきて、あれこれと指示を出しているんですね。今では彼がマスコミ取材対応の窓口となって取材をさばくようになった」と話していた。   長谷川さんはこの時、国の除染モデル事業を請け負った建設会社の作業員が、村のモニタリングポストを高圧洗浄機で洗い、土台の土をソックリ入れ替えるなどして「放射線量を改竄している」とも指摘していた。   報道された長谷川さんの死因は「甲状腺がん」。68歳だった。   10年前、村を襲った福島原発放射線量の数字を「公表するな」「安全だ」と強弁していた専門家らは今、どう思っているのだろうか。 全文

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長谷川健一さん死去 「原発事故被害者団体連絡会」共同代表 via 東京新聞

 長谷川健一さん(はせがわ・けんいち=「原発事故被害者団体連絡会」共同代表)22日、甲状腺がんのため死去、68歳。通夜は26日午後6時、葬儀は27日午前11時から、福島県川俣町鶴沢鶴東24のJAホールかわまたで。喪主は長男義宗(よしむね)さん。 2011年3月の東京電力福島第一原発事故で、酪農を営んでいた福島県飯舘村から避難を強いられた。被災者団体の全国組織、原発事故被害者団体連絡会(ひだんれん)の共同代表、飯舘村民の約半数が裁判外紛争解決手続き(ADR)で慰謝料増額などを求めた申立団の団長を務めた。 原文

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『サマショール』遺言プロジェクト

福島原発事故から10年。 人類は放射能と共存できるのか? 二人のフォトジャーナリストが撮り続けた フクシマの終わることのできない物語。 ​映画『遺言 〜原発さえなければ』からつづく待望の第六章。 放射能に汚染され、すべての村人が避難した福島県飯舘村。震災から6年後、避難指示が解除されることになった。仮設住宅で暮らす元酪農家の長谷川健一さんは、ふるさとに戻るのか、決断を迫られる。そこで原発事故から30年が過ぎたチェルノブイリへ旅に出る。目にしたものは、人の消えた町と森に還った廃屋。しかし長谷川さんは、立入禁止区域に暮らす「サマショール(自主帰還者)」に出会う。それは未来の自分の姿…。   汚染された大地で「放射能との共存」を強いられる生活だが、それでもふるさと。100年後、200年後には子孫がこの地に戻るかも知れない。 その日のために今日も畑に蕎麦の種を撒く。「原発に負けないで 頑張ってください」。原発事故を苦に命を落とした酪農家仲間の『遺言』と、意志を受け継ぐ飯舘村のサマショールたちの第六章。 もっと読む。

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「避難指示遅れて被曝」福島県民29人が国と東電を提訴 via 朝日新聞

[…] 福島第一原発の事故後、原発20キロ圏内の住民には避難指示が出たが、20キロ圏外の飯舘村は対象外だった。同村には事故直後の風向きなどの影響で多くの放射性物質が運ばれたが、政府は事故1カ月後の4月まで同村に避難方針を打ち出さなかった。  原告らは訴状で「高線量だと正しく知らされていれば、早期に避難でき被曝しなかった」と指摘し、国や東電の対応不備を訴えている。  この日の会見で、飯舘村から福島市に移り住んだ原告の菅野哲(ひろし)さん(72)は「健康不安をずっと持っている」としたうえで、「けじめをつけないと死んでも死にきれない。福島の現状を広く国民にわかってほしくて東京地裁に提訴した」と話した。国は「コメントは控える」。東電は「真摯(しんし)に対応する」とした。  原告を含む約3千人は2014年、被曝への慰謝料などを求めて国の原子力損害賠償紛争解決センター(原発ADR)に申し立てたが、東電が和解を拒否し打ち切りになっている。(新屋絵理)

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プレスリリース:福島県飯舘村に住む伊藤さんのお話を7言語で公開「被ばくのリスクは一切語らない」「本当に腹立たしい限りですvia FoE Japan

国際環境NGO FoE Japanは、NGOピースボートの協力のもと、福島原発事故の今を伝える動画を多言語で順次公開しています。  今回は福島県飯舘村の”農民見習い”の伊藤延由さんの声をまとめた映像を英語、フランス語、中国語(繁体字・簡体字)、韓国語、ドイツ語、スペイン語の7言語に翻訳して公開しました。インタビュー映像を多言語に翻訳するのは、これで8作目になります。  「2010年、1年だけ農業やるんですよ。米8トンも取れて。だから私『農民見習い』になっているんです」と語るのは福島県飯舘村に住む伊藤さん。  伊藤さんは飯舘村や国の政策について、「被ばくのリスクは一切語らない」「本 当に腹立たしい限りです」 と憤ります。今も線量の高いのにも関わらず、認定こども園が新設されるなど、飯舘村の複雑な問題を抱えているそうです。ぜひ、伊藤さんの話をおききください。 各言語の動画はこちら(8分45秒) 英語 https://youtu.be/jpkzQnei7kE フランス語  https://youtu.be/hTmh4XRzuyY 韓国語 https://youtu.be/9d7Q-9MWrQQ 繁体字 https://youtu.be/O3Ag0RbqPk8 簡体字 https://youtu.be/cThf7oxK5V0 ドイツ語  https://youtu.be/qdrCCDC6_RE スペイン語  https://youtu.be/3F2LgmGhYa0 日本語 https://youtu.be/H1Jtebz09Dw 「見える化プロジェクト」その他のインタビュー(日本語)は こちら

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除染土を水田で使えるか実証へ via NHK News Web

[…] 飯舘村長泥地区では、土から異物を取り除いた上で、放射性物質の濃度に応じて分別し、一定の基準を下回った土だけを農地の土として再生利用し、野菜や花などを栽培する実証事業が行われています。10日は、村の交流センターで、地区の住民や行政の担当者などによる協議会が開かれ、環境省がことし栽培した野菜の生育結果などを報告しました。この中では、ほかの土で覆わずに、除染で出た土だけを使って栽培したインゲンとキャベツの1キロあたりの放射性物質のセシウムの量について、インゲンが0.4ベクレル、キャベツが1.6ベクレルと、いずれも国が定める基準値の1キロあたり100ベクレルを大幅に下回っていたことが報告されました。また、10日の協議会では、除染で出た土が水田にも使えるかどうか調べるために、来年度から、水田での実証事業も行うことを決めました。協議会のあと、環境省環境再生・資源循環局の川又孝太郎環境再生事業担当参事官は「水田での実証事業は、水田に求められる機能を確認するために行うものだ」と述べました。長泥地区の杉下初男さんは、除染で出た土だけを使って栽培した野菜の放射性物質の濃度が基準を下回ったことについて、「低い値が出たことで、さらに土を覆えば、解除になった地域と同じような栽培ができるのではないかという感触を得ることができた」と話していました。 全文

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汚染土壌で栽培した野菜、収穫へ〜飯館村・帰還困難区域 via OurPlanet-TV.org

原発事故後、年間50ミリシーベルトを超える高い放射放射線量が計測されたため、帰還困難区域に指定されている飯館村の長泥地区で今年から、除染土壌を再利用し、農業を再開しようと実証事業が本格化している。 「覆土なし」の汚染土畑をメディアに初公開農地再生計画では従来、除染土の上に汚染されていない土を50センチほどかぶせて、野菜や花を栽培するとされてきた。ところが今年8月、突如、汚染されていない土はかぶせず、汚染土壌にそのまま野菜を育てる計画があることが判明。実際、8月19日に、汚染した土壌に直接、モロッコいんげんとキャベツの種植えが行われた。 その畑が今月6日、メディアに初公開された。線量計で計測したところ、表土50センチほどで毎時0.5マ〜0.7マイクロシーベルト。放射線管理区域を超える高い放射線量にガイガーカンターからはピーピーという緊張感のある音が鳴り響いた。 […] 「汚染土壌の受入れ」〜苦渋の決断を迫られた住民原発事故後、政府が行った避難区域の見直しにより、「帰還困難区域」に指定された地域は、放射線量の高さを理由に当初、避難指示を解除する予定はなかった。しかし2016年に方針を変更。帰還困難区域の一部を「特定復興拠点」に指定して除染を行い、避難指示を解除する方針が打ち出されたのである。 だが長泥地区の「特定復興拠点」として政府から示されたのは、、集会所周辺のわずか2ヘクタールほど。村は拠点の範囲を拡大しようと国と交渉したが、認められることはなかった。 そんな中で、拠点の拡大と引き換えに、環境省から持ちかけられたのが汚染土壌の受入だった。村内の除染土を受け入れれば、その場所を再生のうちとして拠点に組み入れ、除染も行うというものだ。地元住民は当初、故郷への汚染土持ち込みに躊躇していたが、原子力規制委員会の委員長だった田中俊一氏や伊達市の市政アドバイザーを務める多田順一郎氏らがたびたび地域に入って説得にあたり、徐々に受け入れに傾いたという。 […] また長泥地区の行政区長を務める鴫原新一さんは、「除染土を自分たちの部落に入れるのは本当に悩んだ。」「除染も何もしないでただ放っておいたのでは、自分の土地が荒れてしまう」と苦渋の決断を強いられた背景を振り返り、高齢化が進む中、一歩でも二歩でも前に進みたいという気持ちが、地域住民の合意につながったとの述べた。 次回から会議は公開へ また注目を集めている「覆土なし」土壌での野菜栽培については、「安全が基礎となって進めてほしいということで、汚染土の受け入れを決めた」「(汚染土を活用した栽培は)慎重に考えていきたい」と、除染土での野菜栽培に否定的な見方を示した。また「50センチの砂だけでは、作物や農産物を作るのは難しい」とした上で、汚染土とまぜずに、元の土壌と同じような肥沃な土壌が蘇るよう、県や関係者に協力を仰ぎたいと期待を寄せた。 […]同協議会をめぐっては非公開なうえ、議事録も公開されていないため、審議のあり方に批判があがっていたが、8月に突如、「覆土なし」での野菜栽培が進められていることが判明。議事録や会議の公開を求める声が高まっていた。 次回の開催日程は未定だが、この会議の中で、栽培した野菜の分析結果なども公表される見通しだ。なお今回の協議会で公表された実証時血権による野菜の分析結果によると、「覆土あり」の農地で栽培収穫したかぶに含まれている放射性セシウムは、根の部分が1キログタムあたり1.1ベクレル、葉は2.3ベクレルだった。 全文と動画

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政府の廃炉対応は「不真面目」 規制委前トップの直言via朝日新聞

聞き手・福地慶太郎2020年11月18日  東京電力福島第一原発事故の直後、原子力を推進した科学者として国民に謝り、その後は全国の原発の安全対策を審査する組織のトップとなり、再稼働を認めた。いま、ふるさとの福島県で復興に携わる田中俊一さん(75)には、政府の廃炉への対応は不真面目に映る。 […]  ――原発事故の3週間後、田中さんを含む原子力の専門家16人が連名で、事故の発生を国民に陳謝し、事故の悪化を防ぐため、原子炉や使用済み燃料プールの冷却機能回復など異例の緊急提言を行いました。  「ああいう重大な事故が起きたということは、『原子力の平和利用』を進めてきた科学者の社会的責任として、陳謝が必要だと考えました。そして、国全体が一丸となって取り組むべきことを早く示す必要があると判断しました」  ――2011年5月には福島県飯舘村に入り、有志で除染を始めました。  「やらないほうが楽だと思いますが、やはり、何かしなきゃという人生観ですね。11年5月、汚染されて避難が必要な状況で、中に入れるのは飯舘村ぐらいでした。飯舘村は(避難指示が出てすぐではなく、計画的に避難する)計画的避難区域に指定されたから入れたのです」  ――12年9月、全国の原発の安全対策を審査するために発足した原子力規制委員会の初代委員長に就任しました。直前の国会では「(就任を)大変悩みました」と明かしています。  「規制というのは、原発を動かすのが前提です。『原発はやめるべきだ』という空気が社会で強まった状況で、規制に対する信頼を本当に取り戻せるのか、と考えました」  ――それでも、「国民が納得できる規制に取り組むことが日本のためだ」と説明しました。  「国会事故調査委員会は、原発事故前は専門性の欠如などから規制当局が電力会社の『虜(とりこ)』になったと指摘しました。その点は払拭(ふっしょく)でき、規制委への一定の信頼は得られたんじゃないかと思いますが、それは皆さんが判断することです」 ――被災地を支援する一方、規制委員長として全国の6原発12基に再稼働に必要な許認可を出しました。  「規制委の役割は、原発を止めることじゃないんです。二度と福島のような事故を起こさない。その条件として、電力会社から見ると厳しい(安全対策の)要求をします。その影響で、国内の多くの原発が廃炉になりました。規制委員長のころは所掌外だったので言いませんでしたが、私は個人的には原発なしで日本はやっていけないと思っています」  ――その理由は。  「まずエネルギー資源がないですよね。再生エネルギーの割合は増えたけど、まだまだ。原発の運転が見通せない日本は、石油や石炭の割合が高く、(温暖化対策に後ろ向きと認定された国が選ばれる不名誉な)化石賞をもらいました。原発のリスクと温暖化のリスクをどう考えるのか、です」 […] ――原発への国民的理解と事故防止はどうつながるのですか。  「国民的な理解がないままだと、良い人材は集まらないんです。私が原子力を学び始めたころは、大学でも工学部の中で優秀な人たちが集まっていました。いまはなかなか集まらない。社会的な位置づけを明確にするべきです。そのためには、きちっとした議論が必要です」 ――福島第一の処理済み汚染水の処分方法について、議論が続いています。  「私は規制委員長のころから、(国の基準を守って海に)捨てるしかないと言ってきました。廃炉作業で出るほかの廃棄物と比べると、処理水のリスクは小さなものです」  ――他の廃棄物とは。  「最たるものは、(核燃料が溶け落ちた)デブリの始末でしょう。高レベル放射性廃棄物に近い建屋の構造物などもあります。(今年、半分に解体された)排気筒もそうです。福島県は、廃棄物はすべて県外に持ち出すように言っていますが、できるはずがありません」  ――なぜですか。  「どこも受け取るはずがないからです」  ――政府と東電の工程表には「30~40年で廃炉を完了する」とあります。  「それもできません。30~40年後は誰も責任がないから、そう書いているだけです」  「あの場所が更地になるようなイメージを持っている人もいるかもしれませんが、更地にはできません。敷地の一部は出入りできるようになるかもしれませんが、原子炉建屋のまわりはほとんど人が出入りできない土地になると思います」  ――地元はどう受け止めたらいいですか。  「あまり愉快ではないかもしれないですが、それはしょうがないと思います。できないことは、できないんですから。それなのに、デブリを取り出して更地になるように言うのは罪だと思います」  ――いまの政府は、更地にできるように言っているように見えますか。  「そう見えます。パフォーマンスをしていて、非常に不真面目ですよね」  ――現在は飯舘村の復興アドバイザーです。茨城県の自宅と飯舘村から借りた住宅を行き来しながら、村で活動しています。 […] ――一方で、除染土を含む農地で栽培された野菜の安全性を不安に思う人もいます。  「不安に思うなと言うほうが無理だと思います。それを踏まえ、前に進めていくんです。実証事業の内容、検査結果を大いに報道してもらって、少しずつ心の不安を解消してもらうしかないと思っています」(聞き手・福地慶太郎) 全文

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